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夜間中学その日その日 (244)   守口夜間中学 白井善吾

『夜間中学生の原点と生命線を考える 髙野雅夫さんと語る会』

私が教員になったのは、1969年4月。夜間中学開設運動が実を結び、この年、開校したのが、天王寺夜間中学。その開設運動を大阪で実践したのが髙野雅夫さんだ。


髙野さんは「夜間中学」は俺たちにとって命だ。潰せるものなら潰してみろと、行政管理庁の夜間中学校早期廃止勧告(1966.11.29)に決然と立ち上がった。母校、東京・荒川九中の夜間中学生、卒業生、教員とで制作した、証言映画「夜間中学生」と文集『ぼくら夜間中学生』を担いで、1967年9月5日、開設運動展開のため、全国行脚に出発した。そして1968年10月11日、大阪に入った。
義務教育未修了者の学習権保障を掲げた、たった一人で始まった開設運動は部落解放運動を始め、多くの市民運動を巻き込み、大きく広がった。そして岸城夜間中学の公認と天王寺夜間中学の開校(1969.6.5)を実現させた。
開校式で、ある新入生がこう語っている。「夢かない夜間中学に入学できました。東京の夜間中学を卒業した髙野君が、学校ができるように運動してくれました」と。髙野さんはその当時の日記の中で「ただ読み書きを覚えるだけでは、無意味だ。奪われた権利を主張すると同時に、仲間の権利を守るために主張しなければいけない」と記している。
このメッセージを受け継ぎ、大阪、奈良、兵庫で16校の公立夜間中学の開校を実現させた。さらに大阪、奈良、兵庫、京都、和歌山で9校の自主夜間中学が取り組みを展開している。

増設運動への思いを新たにし、髙野さんのこの44年にわたる活動に学び、夜間中学生の原点と生命線を考える、夜間中学の意義と課題を引継ぐことをめざし、髙野さんと語る会が実現した。2012.6.2に始まり、すでに3回目を終えた。 殆どの参加者が書物や資料でしか知らない内容を、髙野さんが実体験として話し、参加者一人ひとりが、それを自分と対比させて受け止めている。「本音で語ろう」が合い言葉なので、激しい調子の意見もあれば、自己をもう一度検証し、内省の念に満ちた発言もある。
この連続講座の各回のテーマは
 第1回「夜間中学開設運動にとりかかるまで、その原動力は?」
 第2回「大阪での開設運動とその教訓」
 第3回「全国夜間中学校研究会 第18回大会、夜間中学生が提起したこと」
 第4回「夜間中学を育てる会を中心とした夜間中学運動」
 第5回「韓国留学と日韓識字文解交流」
 第6回「17項目の公開質問が提起していること」
 第7回 太平寺夜間中学独立化運動が持つ意味
 第8回「アリとゴジラ」夜間中学生の闘い
 第9回 夜間中学の生命線
 第10回 タネの思想、コヤシの思想
 第11回 まとめと課題、国連識字の10年

報告者がテーマに沿ってレポートをおこない、対話者と髙野さんが対話をする。その後、参加者が質問と討論をおこなうすすめ方だ。
6月16日の第3回では第18回大会がテーマであった。「夜間中学の歴史上、初めて、生徒たち(東京・大阪など)が行政と教師たちに本音を叩きつけた革命大会」といわれている、第18回大会は、1971年11月26・27日、大阪で開催された。
時間は経過したのだ。「私はこのときは小学2年生でした」と語る参加者があったが、それだけに今の夜間中学教員にとって、夜間中学生の原点と生命線を考えるこの連続講座は重要である。
 第7回から第11回目では宿泊でおこなわれる予定だ。
[ 2012/06/17 19:33 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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