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『不屈のハンギョレ新聞』翻訳での「僥倖」は、朝鮮民族への限りない敬愛の念との出会い:川瀬俊治

 朝鮮語教育研究会 第39回文化論分科会が6月17日(日) 10:00~11:50 京都で開かれ、ハンギョレ新聞社編『不屈のハンギョレ新聞 韓国民主化を支えた言論民主化20年』の翻訳で、共訳者森類臣さんが「翻訳」を通して読み解く韓国現代史 ―『희망으로 가는 길:한겨레20년의 역사』の日本語翻訳・出版作業を通して」と題して発表(要趣は本文末に掲載)。これに付随して拙文も求められ紙面発表した。以下はその全文である。

『不屈のハンギョレ新聞』翻訳での「僥倖」は、朝鮮民族への限りない敬愛の念との出会い


                             川瀬俊治


  1
 本書を翻訳してまず感じたことは、新聞の生命線である「言論の自由」の有り様です。それは外に向けては権力監視と批判であり、内に向けては社内の民主化であることを本書により確信しました。「言論の自由」を追求するときの両輪であることを。
韓国でも日本でも政治的状況が反映されているのが言論状況、言説、報道なわけですが、「言論の自由」という回路が赤裸々に息づいておれば、われわれ読者はその報道の迫力に感動すら覚えるものです。平たく言うと、毎朝の新聞が楽しみになるのです。守旧派新聞と進歩勢力の新聞に二分化される韓国の新聞は、どこまで「言論の自由」を追求しているか、どこに阻害要因があるのかを明確に示してくれる「手本」でもあります。
守旧派新聞は発行部数、影響力とも進歩派新聞を凌駕しているのですが、本書でも明らかになったように、『ハンギョレ』が読者信頼度で守旧派新聞3紙を凌駕する位置を占めているという事実です。「最も影響力のある言論」「最も信頼される言論」「最も好まれる新聞」と各種調査(「時事ジャーナル」2005年調査)(「記者協会報」2007年調査)(「韓国大学新聞2007年調査」)でトップを占めたことは驚くべきことです。
200万近い部数を誇る『朝鮮日報』の4分の1にすぎない『ハンギョレ』が、読者信頼度のトップに躍り出る要因は何か。「言論の自由」を追求してきた軌跡が信頼を生んでいるとする見方は、あながちオーバーな表現ではないでしょう。ただ倫理的価値観は「言論の自由」とは関係がないと考えるのは大きな間違いでしょう。『ハンギョレ』記者が創刊時に既存新聞では慣例であった「寸志」を被取材者から受け取ることをことごとく拒否し、さらに大手紙の収入の何分の1だという清貧に甘んじる「生き方」が大きく影響していると思います。儒教的倫理観が「言論の自由」が生命線である言論の府でも底流としてあると思います。
ここで「言論の自由」にかかわって具体的にどうなのかは、『不屈のハンギョレ新聞』を読んでいただきたいのが翻訳者の本音です。うち1つを紹介すれば、金泳三大統領の息子金賢哲は「小大統領」とも呼ばれ大統領側近、政府要人は頭を下げたというのです。その金賢哲の不正を暴いたのが『ハンギョレ』でした。本書第3章で紹介された取材の顛末は、まるでドラマチックに展開する劇映画を観る思いがしました。金賢哲は『ハンギョレ』の報道に名誉毀損訴訟を起こし、第一審で『ハンギョレ』は4億ウォンの損害賠償支払いの判決を受けました。しかし金賢哲がYTN(韓国のニュース専門テレビ)社長人事に深く介入したことから政府の公職にある人物の人事問題まで関与していた事実などが次々に明らかとなり、金賢哲は国民に対する謝罪文を発表するまでに至ります。『ハンギョレ』に対する名誉毀損訴訟を取り下げたことは言うまでもなく、結末は検察に拘束されるのです。

 2
様々な権力の不正を暴く『ハンギョレ』の歴史が書かれていますが、政府に巨大な影響力をもち、「もう1つの政府」とも言われる財閥「3星」の裏金問題(機密費口座)の内部告発を一貫して報じました。「三星」は広告掲載を中断して「対抗」する事態に発展します。当時の「三星」からの広告受注額は61億3400万ウォンですから、それが途絶えることは大変な痛手になるわけです。しかし『ハンギョレ』は報道の手を緩めませんでした。財閥グループに対する監視、批判は、公権力監視、批判とともに重要なのです。
ここではさらなる政権癒着の事例はあげませんが、財閥グループの動静監視、批判が可能で、広告掲載拒否の事態をも耐えるメデイア(新聞)こそ独立言論でしょう。日本の新聞(大手紙)で財閥、大資本批判、政経癒着を指摘した記事などほとんど見たことがありません。本書の木村暢惠編集者がカバー帯に掲げた「閉塞した日本のマスコミが倣うべき手本」とは「最初の読者」である編集者が自然と湧き出てきたフレーズだったのは、本当によくわかります。
『ハンギョレ』を鏡にして見えてくるのは、日本の大手メディアの大企業への監視でしょう。例えば、東電の福島原発事故以後、新聞、テレビなどの大手メディアがやらねばならなかった検証は「東電とメディア」に焦点を絞った徹底的な検証であったはずです。しかし、週刊誌での単発的な特集は見られたものの、大手紙のさしたる取組みがあったでしょうか。広告費の実態と言論状況など検証が山ほどあったのに、最大のチャンスをみすみす失いました。これこそ『ハンギョレ』を鏡として映し出される日本のメディアのアキレス腱でしょう。翻訳をして見えてきたメディア状況でもあります。

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「言論の自由」の両輪のもうひとつ、社内の民主化についてだ。代表取締役の公選制度は世界でも類例のないユニークな制度ですが、本書ではその舞台裏を知ることができるのです。詳しく述べることが本テーマではないので、具体的な言及はしませんが、この公選制の特徴を際立たせているのが、守旧系3紙の最高責任者の存在です。特定の門閥が支配していたり、出帆当初の親会社が大企業であったりして、新聞の性格がその経営形態により制約を受けてきました。『ハンギョレ新聞』は韓国国民が出資して登場した新聞です。その違いは鮮明です。この国民株主制度をベースとするから、代表取締役公選制に辿り着くことは歴史的必然でもあります。
全社員による直選制は1999年の第9代代表取締選挙から始まるのですが、立候補者は「公約集」を出し社員に自己の政策をアピールしてきました。2005年の第12代代表取締選挙では「公約集」を3回出し、討論会を2回開き、社内のオンライン掲示板では投稿があふれました。民主化とは上位下達ではないし、時間はあきれるほどかかるものですが、徹底した議論の積み重ねなで手繰り寄せられるものなのです。本書では活発な論議が紹介されていますが、日本のメディアで代表取締役の選任をめぐって社員間で論議が公に行われることなどありえません。なぜなら社員が選ぶわけではないからです。『ハンギョレ』と拠って立つところが違うのです。
『ハンギョレ』が目指す民主主義は直接民主主義を遠くに仰ぎ見ているのだと思います。韓国は民主化闘争で軍事政権を1987年6月にピリオドを打ちましたが、それは代理主義ではなく、当事者による民主化要求でした。その息吹はいまも鼓動しているのです。2009年の「ろうそくデモ」、2011年の「希望のバス」を見ればわかります。直接民主主義が、如何なる抑圧体制下であっても民衆からほとばしるのです。
2005年の第12代代表取締選挙では3回の「公約集」刊行するなど論議白熱の選挙でしたが、政策的に立候補者が打ち出したのが、マルチメディア企業路線でした。この路線は以降共通したものになります。倒産寸前まで悪化した経営から構造改革を断行、著名な言論人が社を去ったのが2004年。わたしが鋭い筆鋒に注目をし単著の翻訳(『言論改革』)をかって出た孫錫春論説委員(現・建国大学教員)もこの年に「ハンギョレの澄んだ目をもつ友よ、さようなら」との文言を辞表に託して去っていきました。血を流し肉を削ぎ落としてまで強行した経営改革の結果、翌年、2005年に黒字に転じます。ハンギョレ新聞社の分水嶺結がこの2005年なのです。
今後の報道の方向性はどうなのか。ほとばしる民衆の思いと黒字に転じた『ハンギョレ』に乖離が生まれてくるのか。本書に端的に指摘しています。次のような規定です。手続き民主主義と関わりが深い権力型不正監視に加えて(金泳三大統領の息子金賢哲不正報道など)、経済的民主化(韓米FTA報道)の内実を問う報道姿勢が報道の主たる2本柱であると。前者は金大中、盧武鉉の10年間での弱さは本書の事例紹介では物足りない感を受けますが、李明博政権での筆鋒は健在さを取り戻しています。後者では、労働運動の報道が大きく紙面をつることは今後も予想されるでしょう。2011年だけ限っても、韓進重工業と双龍自動車の整理解雇反対闘争など、他のどの新聞社より報じているのはいうまでもないでしょう。

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さて翻訳としての舞台裏――編集者との関係、翻訳での労苦など――ですが、本書が『ハンギョレ』創刊20年を記念して出されたことは知っていましたが、翻訳するとは実は思いもしませんでした。
韓国ジャーナリズム研究の若き学徒森類臣さんから「いっしょに訳しませんか」と依頼を受けたのは2008年半ばを過ぎたころだったと思います。「いいですよ」と安請け合いをしたのですが、ざっと読んでみると、700人は下らない数のハンギョレ新聞社社員、関係者が登場しますし、韓国メデイア、韓国現代史に興味を持つ方以外の一般の読者に関心をもっていただけるのかも不安として過ぎりました。ただ原書の翻訳だけでは読者の理解を得られないと考えるようになりました。そうとうの「手立て」が必要であると直感しながら訳を手がけていきました。
森さんと相談して関連するコラムを『ハンギョレ新聞』の社内報「ハンギョレ家族」や、創刊10年を記念して刊行された『世の中を変えたい人たち――ハンギョレ新聞10年の話』から加えることにしました。また本書の登場人物の中で53人を選び詳細な経歴を巻末に載せることにもしました。この登場人物経歴を書き始めたのは校正も始まってからでしたから、「走りながら」本書を編集したことを物語っています。木村暢惠編集者のご苦労は相当なものだったと思います。ところが木村編集者は枚数制限など1切言わなかったのが、大きかった。十分のスペースをとり既述することができました。
木村編集者にあっては、膨大な登場人物リストを作成し、ハングル名から漢字表記での誤記をなくす最大の努力をしていただいた。朝鮮語は一切知らない方でした。実はそのことがプラスしていたといえます。森さんとわたしが原語に引っ張られている訳を見事に発見し修正を要求しました。相当な実力でないとこの作業はできないでしょう。編集者は日本語に熟達していないと務まらない。このあたり前のことを再認識すると同時に、編集作業中のお仕事に感謝しても余りありません。編集者との信頼関係は本づくりに欠かせないことはいうまでもありませんが、その関係は理想的だったと思います。
ところでここで正直に告白しますと、わたしは朝鮮語を正式に習ったこともない無手勝手流の人間なんです。韓国に留学し学問を積まれている森さんとは雲泥の差があります。彼の足を随分引っ張ったと思います。どうした点が無手勝手流かあげますと、わたしは会話表現でたくさんの不得意な部分がありますが、とりわけ助詞を使い方が弱い。「意味は通じるが、その助詞はここでは使わない」と注意されてきました。わたしの朝鮮語学習の今後の課題なのですが、翻訳でも助詞をどう訳するかでしばしば戸惑いました。会話表現と翻訳の実力は密接に結び付いているのです。
さらに不明な単語を日韓辞典で解明していてはいけない、韓韓辞典で言葉のニアンスを知れとよく言われます。日本語の意味がとりあえず解明されたとしてもどこか使いが違うからです。その文化的、言語的差異自覚の積み重ねをしておれば、原書にある朝鮮語独自の表現にたじろぐことはないでしょう。そこの不十分さにわたしは今回しばしば直面しました。
何度も腕組みをしたのが、会話での表現でした。論理的な文章解明はそれほど難しくはありませんでしたが、登場人物が情念をこめてコメントを寄せた文章(たとえば2004年の構造改革でハンギョレ新聞社を去る手紙など)は手ごわいものもありました。
しかし、こうしたことも言えます。書かれている内容を事前に知識として知っていることです。大統領選の戦況、対立点、政治で争点、社会的に関心を呼んだ事件、文化面、社会での動きなどを常にアンテナを張って知識おして入れておく必要があります。書かれている内容の背景を知っているか、知らないかでは翻訳を左右します。わたしは韓国の言論状況を記述した本書だからこそ訳者としてなんとか役目を果たせただけです。
一昨年のことですが、朝鮮王朝時代の女性の歴史を研究する梨花女子大学教授が書いた40枚ほどの原稿を翻訳しましたが、本当に四苦八苦しました。朝鮮王朝の官職、習慣、社会構造に知識が決定的に不足していたからです。翻訳では言語的な面でこなせるものではありません。その点、プロの方は違うと脱帽しています。
翻訳の舞台裏をいくつか書きましたが、参考になったでしょうか。共訳者の森さんはこの仕事を節目に大きく伸びていくのではないかと予感しています。わたしはいま友人のジャーナリストの500枚に及ぶ単行本の翻訳にとりかかっています。出版社が決まっているわけでもありませんし、また経済的に潤う仕事ではありません。しかし朝鮮語の訳に向き合うことは、ちょうど聖書翻訳でいくつもの原語に精通して取り組まれるキリスト者、サンスクリット原典を漢語に訳する仏教者の想いとどこかで通じ合う部分があるのではないか。少々過激で度が過ぎた形容かと思われるかも知れませんが、最後に素人だから恐れずことなく言わしてください。キリスト者、仏教者が翻訳に携わるのは、キリストの教えに、仏教の教理に対する深い敬いの念があるからこそ労苦を厭わないのです。朝鮮語を生み出した朝鮮民族への深い尊敬の念があってこそ、巨大に聳える言語の宝に向き合い尋ねることができるのだと思います。そのことを発見できたことが本書の翻訳を通じて出会った最大の宝物であったのではないでしょうか。長くなりました。
                  (かわせ しゅんじ フリージャーナリスト)



朝鮮語教育研究会 第39回文化論分科会 発表者:森類臣氏
会場: キャンパスプラザ京都 第3演習室

要旨:『희망으로 가는 길:한겨레20년의 역사』(한겨레20년사사 편찬위원회 편, 한겨레신문사,2008, 邦題『不屈のハンギョレ新聞―韓国市民が支えた言論民主化20年』 翻訳者:川瀬俊治・森類臣、解説:森類臣、現代人文社、2012)は、ハンギョレ新聞社の二十年史であり、この20年の軌跡は、まさに韓国社会が民主化に進んだ過程といって過言でない。発表者は、ハンギョレ新聞を知ることは韓国現代史の重要な一面を知ることにつながるとの思いから、日本での翻訳出版を企画した。
発表では、本の紹介はもとより、翻訳作業に際しての注意点、翻訳をしながら構築したノウハウ、共訳者との調整作業など技術的な面から述べるともに、韓国の状況を日本の読者にわかりやすく伝えるため行った工夫(資料の補足、表現の工夫等)を整理して発表することとする。
[ 2012/06/17 15:30 ] 川瀬俊治 | TB(-) | CM(-)


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