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夜間中学その日その日 (237):   守口夜間中学  白井善吾

 近畿夜間中学校連絡協議会理科部会 理科フィールドワーク

夜間中学で理科のフィールドワークを始めたのは、1989年だったと記憶している。教室を飛び出し、映像ではなく、本物に触れ、匂いをかいで、学習を深める。近畿夜間中学校連絡協議会理科部会の教員が企画し実行した。年に3~4回実施しているから、80回を超えるであろう。


第一回は奈良県明日香村でタンポポ調査を実施した。降り立った近鉄吉野線、岡寺の駅付近に数株のセイヨウタンポポを見ただけで、後はすべてカンサイタンポポであった。生駒山麓、淀川堤防、北千里公園でもタンポポ調査をおこなった。淀川ワンドの生態調査。能勢にある、豊中市の青少年野外活動センターも訪れた。みさき公園の海岸で取ったワカメは数日後、たけのこ料理の食材になって届けられた。上町台地の海蝕崖を想像しながら口縄坂から茶臼山まで歩いた。北千里公園で飯盒炊爨をおこないカレーを作り、大阪層群のピンク火山灰を採取した。環境問題を考えるため、柴島浄水場、下水処理場、ゴミ焼却場なども訪れた。
事前学習や、事後の学習をおこない、参加できなかった夜間中学生に採取してきた、メタセコイアの葉や球果を観察しながら報告会を行った。これらフィ-ルドワークの企画と組み立てを通して、夜間中学の理科学習について議論を深めることができたと考えている。
2012年春のフィールドワークは4月28日(土曜日)神戸市舞子でおこなった。(参加7校、夜間中学生192人。教員36人)JR舞子駅で降り、眼前に開けた明石海峡、淡路島、播磨灘そして大橋と大阪湾。その雄大さに参加者は歓声を上げた。
大阪湾の春霞の上に浮かぶ葛城連山とかすかに見える、関西空港そして岬町から友が島。穏やかな海面を行き来する船の航跡を見ながら飽きることはなかった。眼を転じると、明石の天文台から家島、そして小豆島はかすかに確認することができた。
阪神淡路大震災で大橋の2本の主柱がそれぞれ、淡路島側に37cm、舞子側に72cm引っ張られ、動いたこと。海底を走る断層線の多さに、改めて「地震国・日本」を知ることになった。橋脚を支える鋼鉄の強度計算をするため、テストピースの研磨を来る日も来る日もやったことを話す参加者もあった。
孫文か滞在した「移情閣」の見学は中国帰国者の中学生は展示物を熱心に見ていたことが印象深い。海を見たことのない、中国帰国者の若者たちは、昼食も早めに終え、さっそく海辺に降り立ち、遊んでいた。
芝生の上ではクラスを超え、学校を超え交流が進んだ。「新聞に出ていた夕焼けエッセー、私たちの想いをよう書いてくれました」そんな感想を執筆した夜間中学生に語っていた。「その文章が、年間大賞に選ばれたんです。実は今日の夕刊にその記事が出るんです」黙っておれなくなった、一人の教員がそのように語り、話の中に入っていった。
人間が獲得した一つ一つの技術が組み合わさってできた作り上げられた明石海峡大橋の構造物を見上げながら、50年後、100年後はこの構造物は存在しているのだろうか、どうだろうか?「震災のとき阪神高速の路面は波打っていました」「震災以後、形あるものは永遠でない。そのことを考えるようになりました」ある夜間中学生はこのように語った。
参加する夜間中学生の歩く距離、車椅子は可能か、交通手段、費用、学習内容などフィールドワークの企画と検討には、ずいぶん時間がかかるが、参加者に喜んでもらえる内容をこれからも追求していきたい。
[ 2012/05/10 05:21 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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