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メディアウォッチング「大飯原発再稼働は“民主主義の死”につながる」:南亭駄樂

 福井県の大飯原発3、4号機の再稼働に向けて“政治判断”がなされ、政府は専門家の意見も国民の不安も無視して“地元”を説得しようとしている。しかし、原子力安全委員会の斑目春樹委員長でさえ、ストレステスト(安全評価)の第一次評価だけでは不十分、とし、その一次評価は、経産省原子力安全・保安院が、関西電力の報告が手続き的に合っているかどうかだけで妥当と判断した形式的なものである。政府の判断は、関係閣僚会議で北朝鮮のいわゆる衛星打ち上げ騒ぎの中、どさくさにまぎれて数時間の協議で下された。そこでは再稼働暫定基準が2日間で化けた“原発再稼働新基準”が使われたが、それも免震棟やベント用フィルターでさえ設置されていないのに稼働させるいい加減さである。日本のエネルギー政策の今後を大きく左右する政策がこのような形で決められていいのだろうか。これは民主主義を無視したやり方であり、このようなやり方を許せば日本の民主主義は死んでしまう。もし、日本に第四の権力、ジャーナリズムが存在するとすれば、ただ“前のめり”と言っていればいいとはならないだろう。

なりふり構わぬ「政治判断」

 1月18日、経済産業省原子力安全・保安院は、関西電力が提出した大飯原子力発電所3、4号機のストレステスト(耐性調査)について「妥当」とする審査書の素案を提示、2月8日に「妥当」という判断を下した。3月下旬には、内閣府原子力安全委員会も確認作業を終えた。
政府は、首相と関係3閣僚の協議を4月3日から始め、再稼働新安全基準を5日に提出して翌6日に決定、関西電力に中長期的な安全対策をまとめた工程表の提出を指示したら9日午前には関西電力から工程表が提出され、同日夜、政府はそれをおおむね了承とした。さらに13日には、政府は関西電力が基準を満たしていると確認し、再稼働が必要と結論。翌14日には枝野幸男経産相が福井県を訪れて西川一誠知事とおおい町の時岡忍町長に再稼働を要請した。
 政府の要請を受けた福井県は、福井県原子力安全専門委員会が国の安全基準や関電の安全対策などの妥当性を検証しており、16日に経産省原子力安全・保安院から説明を受けたほか、18日に大飯原発の現地視察を行い、報告書をまとめる作業を進めている。
26日夜には、おおい町主催で町民向けの説明会が開かれた。

福島第一原発事故を起こした体制が続いている

 首相と関係閣僚による「政治判断」は当然のことながら批判を浴びている。福島第一原発事故の教訓が生かされておらず、日本海で大きな地震・津波が起きたとき、福島第一眼発事故と同じような事故にならないという保証がないからだ。経産省原子力保安・安全院と内閣府原子力安全委員会は廃止され、規制機関として環境省の外局の原子力規制庁が再稼働問題を担うはずだったが、発足のめどが立っておらず、福島第一原発事故の張本人として国民の不信をかっている原子力保安・安全院が安全性を判断し、住民に説明をしている。ストレステストは第二次評価が行われておらず、大飯原発には福島第一原発で事故対応の前線基地になっている免震棟もない。ベント(排気)の際に放射性物質を取り除くフィルターも設置されていない。これらは関西電力が出した工程表に計画として記述されているだけだ。そもそも福島第一原発事故の原因調査は進行中で結論が出ておらず、原発再稼働安全基準そのものにきちんとした防止策が反映されていないのだ。もっと言うと、原発事故を受けて日本のエネルギー政策は変わるはずだが、その方向性もはっきりしない。

マスコミの“前のめり”批判は甘い

 マスコミはこれらの政府の一連の動きに対して“前のめり”と批判している。辞書によると前のめりとは「準備不足で、性急に物事を行うこと」「せっかちすぎるようす」とある。はたしてこの言葉は的を射ているだろうか。前のめりと指摘するだけでは読者や視聴者は「せっかちだけど、進んでいく」と言っているようにしか受け取れない。朝日新聞社の世論調査では国民の55%が大飯原発の再稼働に反対している。賛成は28%だけだ。民意に反し、強引な手続きを進める政府は、民主主義を踏みにじる行為を行っている。それなりの強い意思と覚悟、スケジュールを持っているはずだ。権力をチェックすることが最大の役割であるマスコミは、それを暴く義務があり、反民主主義と戦わなければならない。原発再稼働はあくまで「国民の安全安心」を前提に判断されるべきものであり、「政治判断」や財界の利益を守ることを最優先するべきものではない、という姿勢を見せてほしい。

“民主主義の死”か、“民主主義の再生”か

 枝野経産相は4月2日の参院予算委員会で、大飯原発再稼働に対して「現時点では反対だ」と断言した。ぶれる発言に新聞・テレビは「“政治の師”である原発推進派、仙谷由人・民主党政調会長の影響」などとしたり顔で解説するが、それだけで読者・視聴者が納得するわけがない。国会における閣僚の発言には重い責任が伴う。自民党は原発推進が本音だから国会で追求する気がなく、議会民主主義が形骸化している。マスコミは、民主主義の死が近づいていることに危機感を持って追求し続けるべきだ。
 5月5日には北海道電力・泊原発が定期点検に入り、日本は稼働原発がゼロになる。そのとき、マスコミはどのような姿勢を見せるか、注目したい。
[ 2012/05/01 04:10 ] 南亭駄樂 | TB(-) | CM(-)


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