ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  寄稿 >  夜間中学その日その日 (233):   守口夜間中学  白井善吾

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

夜間中学その日その日 (233):   守口夜間中学  白井善吾

夜間中学の入学資格を巡って
2012年が始まった。新学期の準備中、古いファイルが出てきた。その中に開校4年目、1976年5月1日付け在籍名簿があった。
在籍数は1年26,2年27,3年27の3クラス。男性29、女性53合わせて82名。男性の割合が35.4%と現在より大きい。


国籍別では日本44・韓国26・朝鮮8・中国3・マレーシア1名。日中国交回復後、日が浅いが、帰国者の夜間中学入学は始まっている。日本国籍が54%と多い。
 居住市別では、守口39・旭区11・寝屋川7・枚方、城東区各5・鶴見区4・東成区3・門真、大東各2・東区、交野、東大阪、京都府各1名。守口が48%と多いこと、近隣から通学が多いのは今と変わらないが、隣接している門真が意外と少ない。京都府内からの在籍があるのは在住、在勤の原則があるからだ。京都市の夜間中学は市内在住者に限定していて、勤めを終えた後、守口夜間中学に通い、京都府に帰宅する。こんな人たちに、夜間中学は門戸を開いていた。
ちなみに、この頃の夜間中学生募集の記事がある。「15歳以上だれでも」と大きな見出しで「夜間中学、来月入学受付け」との小見出しのあと「(大阪)市教委は25日、天王寺、菅南(現天満)両中学校に併設している夜間学級の46(1971)年度生徒募集について発表した。資格は市内はもちろん府下の在住、在勤でもよく、来年4月2日現在で満15歳以上。・・」さらに「勤務の場合は在職証明を添え、入学したい学校へ持参すればよい」としている(1970.11.26朝日)。このように、「府下の在住、在勤」が入学資格の中にある。
 年齢別に見てみよう。10代7、20代8、30代12、40代20、50代30、60代5名。10代の内訳は15歳3、17歳、19歳各2名。
 就学歴では未就学33、小学中退19、小学卒業11、中学中退4そして中学卒業者が15名(18%)在籍している。この15名はいずれも“形式卒業”者で、昼の学校を長期欠席の後、卒業証書を渡された人たちである。
形式卒業者の夜間中学入学を巡って、当時の議論を整理しておく。議論が焦点化したのは、大阪で開催された第18回全国夜間中学校研究大会(1971.11.26~27)である。形式卒業者の入学を巡って、17回、18回と大会の中で、夜間中学生や卒業生がその解決を求め当時の文部省に見解を質した。2年にわたる長いやりとりの中で、大会に出席していた、文部省の中島課長補佐は「昨年の段階では形式卒業者は(夜間中学に)受け入れられないと公式的な発言をしていましたが、(今年は)学習したい人には学習の機会を与えるべきではないか」と見解を述べた。これを受け、包丁大阪府教育委員会係長は「学習の機会を作るわけですから、(夜間中学を)作らなければならない」。さらに付け加え、中島課長補佐は「各都道府県にも(夜間中学と形式卒業者の)話をし、私どもも積極的にこれを国の予算等で持つべきとこは、持つよう努力いたします」と発言している。
 守口夜間中学が開校したのは、大会から2年後、1973年4月。守口夜間中学の募集に当たって、次のような報道記事がある。
〝勉強やり直し組〟は締め出し/卒業した人だめ/おカタい「形式」守口の夜間中学/府教委「あんまり」と批判/4月に開校。との見出しで 次のように書いる。
守口市に4月から夜間中学が開設される。ところが、入学できるのは中学校の卒業証書を持っていない人だけ。中学の学力が不十分なままで形式的に卒業証書を渡され、いわば〝厄介払い〟の形で追い出された人たちが、もう一度中学校教育を受け直したくても「それは受け付けません」と同市教委。「卒業証書が欲しい人のために開校するのです」という。「形式」ばかり重んずるこの役所的説明に府教委さえも、「あまりにシャクシ定規すぎる」と批判的である。(朝日新聞1973.2.1)
 府教委は18回大会の議論を踏まえ、形式卒業者の入学に肯定の姿勢を明確にしている。それにひきかえ、大会に参加していなかったと思われる守口市教育委員会担当者は入学に否定的であった。守口にも夜間中学をと、開設運動を進めてきた守口市教職員組合は「夜間中学門広げよ」と条件撤回を中心とする次の4点の申し入れを教育委員会に行い、交渉を行った。
1.中学校夜間学級の民主的運営と夜間中学の教育の目的を達成するため、設立準備室を設立されたい。
2.募集締切日を3月20日と固定せず、実態に即してその都度入学を認められたい。
3.入学資格を中学校卒業証書のないものと限定せず、広く希望者の入学を認められたい。 
4.守口市内の居住者を優先入学させる方針を取り消し、広く府民に夜間学級を開放されたい。
 結果、守口市教育委員会は「これらの条件を一応全面的に撤回し、入学に条件をつけないこととした」と入学制限の撤回を表明した。(朝日新聞1973.3.30)そして、1973年4月25日におこなわれた、開校、入学式では府教委から、包丁係長も出席している。
 先に紹介した1976年5月1日の資料では、形式卒業者の夜間中学入学は認められ、実行されているとみることができる。
[ 2012/04/13 09:02 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。