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メディアウォッチング「大震災1年後の新聞紙面を見る」:南亭駄樂

 3月14日の毎日新聞朝刊を見て驚いた。韓国の原発が12分間全電源喪失する事故があったという。地震も津波もない状態で福島第一原発の事故の引き金となったことが起こったのだ。定期点検中だから停止していたわけだが、稼働していたらどうなっただろう。そう思ったあとで、なぜこのニュースが目立たない面の1段記事という地味な扱いなのかという疑問を持った。そこで、東京新聞を見てみた。1面に「韓国・古里原発 全電源喪失1カ月隠す」という見出しで大きく記事が掲載されていた。しかも、2面にも「『福島を思い出した』 原発事故隠ぺい 釜山市民ら怒り」と市民の反応や原発安全委員会の対応が掲載されていた。ことほどさように、新聞社によって原発関連ニュースの取り扱いが異なる。そこで、大震災・原発事故1周年の3月11日のことを扱った各紙の紙面を見てみた。

原発反対運動を伝えない新聞
 地元紙『福島民報』の3月12日朝刊を見ると、 1面トップに「東日本大震災1年 政府追悼式 復興誓い鎮魂の祈り 首相『福島を必ず再生』」という見出しで、東京で開かれた全国レベルの追悼式の様子が大きく報じられている。ほとんどの面が政府や福島県、県内各市町村主催の追悼式、民間団体の慰霊イベントで埋められていた。この傾向は、いわき市内を販売地域とする夕刊『いわき民報』の11日(号外)、12日号でも同様であった。いずれも脱原発・反原発に関する集会やイベントについては何も掲載されていなかった。
 『毎日新聞』3月12日朝刊も1面トップは全国の追悼式のレポートだった。他の面でも追悼式や慰霊のイベントの記事や写真が大きく取り上げられていた。脱原発・反原発の動きについては、1面に2段組で「国内外で反原発集会」の見出しで、福島、東京、大阪、広島や原発立地自治体などで集会が開かれ、数万人が参加したと簡単に紹介し、社会面で「反原発集会 痛恨の思い込め」「福島には1万6000人集結」と集会の内容を取り上げていた。 

東京新聞で世界の反原発運動を知る

 これらの新聞と対照的だったのが『東京新聞』である。3月12日朝刊では、大震災の犠牲者に対する追悼や慰霊に関する記事と同じくらいのウエイトで脱原発・反原発の運動や原発事故関連の記事が多かった。1面は、トップが「3.11から1年を経て①」という連載記事の開始を告げるもので、被災した父子家庭の問題を取り上げた。真ん中には横いっぱいにフランス、東京、台北での反原発活動の写真を並べ、「原発はいらない 世界つながる」の見出しを配した。記事では、日本、フランスで “人間の鎖”行動が行われたことやドイツ、イギリス、台湾でデモや集会があったこと、国内各地でも集会やデモ行進が行われたことを報じた。2面では、原発事故で避難した双葉病院の院長、汚染水放流に怒るいわき市漁協組合長、福島第二原発で津波を見た作業員の言葉を紹介し、4面には佐藤雄平福島県知事へのインタビュー、世界各地での原発反対集会の内容を掲載。特報面では、福島県郡山市で開かれた「原発いらない!3・11福島県民大集会」での発言内容が取り上げられている。

 3月11日は慰霊の日として亡くなった人や遺された遺族のことを思う日である。同時に、今回の大震災には他の自然災害とは異なる「原発事故」という、文明史的に不幸な出来事があり、現在もなお進行している。筆者は、広野町で開かれた約100人の追悼式に参加したが、新聞テレビを見る限り、福島県内では脱原発・反原発に関する活動が各地でどう展開されたか、まったく伝わってこなかった。東京新聞と地元紙、全国紙とのギャップをいつもに増して強く感じた紙面だった。
[ 2012/03/19 23:59 ] 南亭駄樂 | TB(-) | CM(-)


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