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3・11 こうべを下げて;川瀬俊治

 3・11である。魂に刻まれた体験は絶対に風化しない。「絶対」ということばはめったに使うべきではないが、3・11を語るときは、そのことばが体の奥から湧き出てくる。「絶対」「ぜったい」「ゼッタイ」……。



 わたしは被災地に二度行った。5月と8月である。5月は石巻の友人宅を訪ねた。住職の彼の境内はドロにおおわれ、寺門は流されてあとかたもなかった。少し高台にあったから寺は流されなかっただけだーと住職はつぶやいた。

 本堂2階には檀家信徒で犠牲になられた方の遺影と遺骨が祭られていた。その多さに驚いた。津波は何もかもメチャクチャにするのか。その恐ろしさは想像を絶する。津波後の光景に動けなくなる。

しかし、
 
 心身を動かすものがある。たえず、からだのなかから沸き起こり、かたちを取り結ぶ死者の似姿だ。死者はつねにその遺家族とともなのだ。

 どんなに他人が忘れても、世間が忘れても、死者とともに生きる人には寄り添って生きる。

 ただ、死者は本当に語りかけることはない。こう語るだろうと、その人は思うだけだ。しかし、生者の似姿が脳裏に浮かび、死者は頭の中でいっぱいになる。蘇えるのだ。

 もうしわけない、つらい、不憫だ、どこにいるのか。心の中で叫ぶ。必ず頭(こうべ)を下げる。

 しかし、現実は変わるはずがない。不在は不在のままだ。


 でも、津波で愛する人を亡くした人は、不在の壁を突き崩す。

 あの時ではなく。この時を生きるからだ。3・11に立ち返える。3・11は、いまなのだ。

 遠く離れた関西で住むわれわれは、いや、わたしは、3・11から刻んだ1年に、「もうしわけない」と思うところから、より一歩現実に近づける。

 津波で残された遺家族の「もうしわけない」とは、まったく、ことばの質が違う。このことはよく知っている。

 われわれは生きている人に、懸命に立ち上がる人に向けて「もうしわけない」と語るからだ。死者に向けた「もうしわけない」とは、それはもう、天と地ほどの違いがある。その人のすべての存在をかけて呼びかける「もうしわけない」は鋼鉄のような岩盤を砕くほどの迫力をもつからだ。地響きをたてる。震える。

 その迫力とは遠く及ばないわれわれの、いや、わたしの「もうしわけない」。

 いま生きる人に向けた「もうしわけない」が少しでも地響きをたてられれば。それは復興にいかほどか力を添えられること、関心を寄せること、立ち上がる人の迫力を知ること。「もうしわけない」という自身に向けられたことばの質を変えられるのは自身だ。

 関西の地は今日は春の予兆を感じさせる1日だが、早朝の風は思いのほか冷たかった。わたしは大阪・中の島で開かれる反原発の集会に向かう。

 本当に国は、東電は、いままでの政権は「もうしわけない」と思っているのか。遺家族の岩盤を砕くような思いに、いつも学ばなければならない。

「なければならない」ということばは、めったに使ってはならない。なぜなら、ことばを発するだけで常に砕け散るからだ。このことばを使ってきたから、体験からそのむなしさをよく知っている。

 しかし、3・11については、使ってもいい。鋭い刃(やいば)を磨くことで。熱く鉄槌を打たれる刃なら。あの遺家族の、おのずと頭を下げる「もうしわけない」に迫りたい。


[ 2012/03/11 10:59 ] 川瀬俊治 | TB(-) | CM(-)


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