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夜間中学その日その日 (227):   守口夜間中学  白井善吾

 第14回守口夜間中学「みんなで語り合う会」
「夜間中学は、運動でできた学校です。野雅夫さんが、大阪で夜間中学の開設を訴え運動をしていなければ、いまの守口夜間中学も存在していないのです。その夜間中学で学ぶ私たちができることは何か、今日はじっくり考えてみたいとおもいます・・」生徒会長はこのように語り、「みんなで語り合う会」の、開催趣旨を説明した。


14回を迎えた今年のテーマは「私にとって夜間中学とは ―こころを一つにして運動を広めようー」。2012年2月27日おこなわれた。まず、2名の夜間中学生が意見発表を行った。
「・・生徒会役員をやっていて一番残念だったのは、就学援助と補食給食の問題です。大阪府に多額の借金があり、財政が厳しい事はよくわかっています。しかし、今まで底辺で頑張ってきた一番弱い所を切り捨てるのが悔しい。夜間中学生ときちんと顔を会わせて、財政の厳しさや事情を本音で話そうともせず、橋下さんは誠意がない人やと思いました」
「以前、私は運動に対して積極的になれませんでした。時代はどんどん変化しているのに、運動、運動と言っている事がピンとこなかったからです。
 しかし、生徒会役員になり色々と経験している間に運動は絶対続けないといけないと思うようになりました。学校を作るのは大変だけど、なくなるのはすぐです。黙っていては、学校はなくなってしまうことに気がつきました。
 行政に、夜間中学を軽くみたり、無視すると大変だぞと思わせるように、一目置かれるようにずっと運動を続けなければいけません・・」
 この提起を受け、夜間中学生は話し合いに入っていった。「夜間中学は本音で語るところだと、野先輩は言っています」司会の夜間中学生はこのように語り『みなさんはどんな夜間中学にしたいですか?』と発言を求めた。2名の夜間中学生の手が挙がった。
「フィリピンから日本に来て23年になります。介護ヘルパーの仕事をしています。日曜日も仕事をしています。夜間中学に入学して半年になります。夜間中学の活動も分かってきました」
「9年間学んで、いよいよ卒業です。たくさんの思い出があります。入学したときは補食給食がありました。いろんな人と交流できる、大切な時間でした」
 『夜間中学生募集のポスターやビラはどのように使っていますか?』
「家の前に張っています」「お風呂屋さんに掲示をお願いしています」「町内会の掲示板をあたらしく作り変えて、掲示しています」「図書館へポスターを持ち込んで掲示をしてもらっている」「ビラはポストに入れて廻っている」
 『いまの夜間中学に満足していますか?』
「4月に入学したばかりです。橋下さんは夜間中学を義務教育だとおもっているんでしょうか?おもっていないから、バッサリきってしまった。粘り強く運動を続ければ、きっと道は開ける。あきらめたら負けです」「国は早く戦争を忘れさせたいと考え、夜間中学をきっていった」「橋下さんは野心家だ。この野心家に夜間中学生はどうすべきか、これまでの運動と別の方法で、各政党に働きかけ、夜間中学のことをもっともっと知らせていくとりくみが大切だ」
 「私たち、夜間中学生のことを、日教組は知っているんですか?」
 「勿論、知っています。2008年、大阪の夜間中学生が就学援助、補食給食の改善を求めて、立ち上がったとき、私たちを支援、連帯して、署名活動を行ないました。70万の署名を集め、夜間中学の法制化を働きかけました。そのきっかけは、2008年の夜間中学生が自分たちの力で書き、つくった署名活動です」
 意見発表はどこまでも続いていった。司会者は次のようにまとめた。「守口夜間中学の生徒会活動を引っ張ってきた、2名の先輩が卒業となる。残ったみんなが全員で運動を広げていくことが重要だ。野先輩が言った本音で語れる夜間中学であることを大切にしながら、これからくる人たちのために、がんばっていきましょう」

[ 2012/03/04 19:57 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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