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日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇

昨日、大津市で「大飯原発3・4号の運転再開を止めよう! 2月4日関西びわ湖集会&デモ」があった。原発54基中現在稼働しているのは3基のみ、それで厳冬期を過ごしており、原発をすべて止めても電力は足りている。

福島第一原発事故の収束もまだみず、事故調査も進行中の現段階で、大飯原発の再稼働を行おうとしている。若狭の原発銀座には活断層が走っており、その評価も納得のいくものではない。大飯原発の再開を阻止することが、なし崩し的に原発再開を狙う政府・電力会社に打撃をあたえることになる。集会会場は座りきれないほどの人が集まり、大津の町をデモ行進した。
今週も日曜日恒例の新聞書評欄から。

京都――
福岡伸一『動的平衡2』(木楽舎、1600円)、評者・池田清彦。サブタイトルに「生命は自由になれるのか」とある。動的平衡とはミクロにみると変化しているが、マクロにみると変化していないことをさす。生物の代謝を考えるとよくわかる。生物学者である著者が登場してくるのはBSE(狂牛病)問題を扱った本だった。しかし、その後の著者は生物、文学、美術分野と実に幅広い物書きとして活躍している。前著に『動的平衡』があるが、この新著は書きためたエッセイをまとめたものらしい。評者が紹介する著者の昆虫少年時代の話などもあり、生物をめぐるさまざまな話が興味をさそう。その根底に遺伝子至上主義など決定論、還元主義への批判があると評者は紹介している。

毎日――
松居竜五、田村義也『南方熊楠大事典』(勉誠出版、10290円)、評者・持田叙子。2人の熊楠研究者のよる網羅的な事典のようだ。博物学者熊楠は一筋縄では捉えられない。民俗学者、生物学者、エコロジスト、さまざまな顔をもつ。本書は、「思想と生活」「生涯」「人名録」「著作」「研究史・資料」「年譜」の六部構成になっており、研究者だけでなく一般読者が熊楠マンダラをへめぐる際の杖となる本のようだ。こういう本を枕にして日がな過ごすのも読書の快楽といえよう。

朝日――
「ニュースの本棚」欄で「あさま山荘から40年」をとりあげ、評者・鈴木邦男が永田洋子『十六の墓標』(彩流社)、坂口弘『あさま山荘1972』(彩流社)、高橋檀『語られざる連合赤軍』(彩流社)、植垣康博『兵士たちの連合赤軍』(彩流社)、P・スタインホフ『死へのイデオロギー』(岩波現代文庫)、山平重樹『連合赤軍物語 紅炎』(徳間文庫)などを取り上げている。
評者は冒頭で「あの事件で左翼は終わった」と書く。「革命を夢見ること」は「犯罪」だと断罪された。それが警察、マスコミ、国民の「総括」だった、と。評者はこの負の遺産は結着が付いていないという。それ以上に今の社会が閉鎖的で、人の話を聞かず、異なるものを排除する「連合赤軍化する日本」と書いていることに驚き、頷く。

佐藤信『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房、1890円)、評者・中島岳志。1988年生まれの政治学者である著者は60年代の若者の行動、安保闘争、全共闘運動を理解できないという。そこで資料に分け入り、追体験を試みる。そこで腑に落ちたのは、今の若者と同じ「肉体感覚」への欲求だったという発見である。バラバラな個がスクラムを組み、ジグザグデモをする。隊列に溶ける個、それが疎外感からの一時の解放のように感じた。ここにリアルがあったという。政治的な「正しさ」の中にはないリアルだから、行き着くところは「あさま山荘」であったといった風な読みである。
[ 2012/02/05 10:11 ] 三室勇 | TB(-) | CM(-)


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