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映写室 「“私”を生きる」土井敏邦監督インタビュー(後編):犬塚芳美

―右傾化する教育現場で、自分を貫く―

<昨日の続き>
土井:ええ、土肥さんを入れた効果は大きかったですね。土肥さんは経歴も面白いし、行動も絵になりやすいんで、当時も色々なマスコミが取り上げていたんです。いくら描いても描き切れない、素敵な方ですよ。又、今まさに時の人でもあって、根津さんだけでなく土肥さんも、大阪公開直後の1月30日に地裁の判決があります。
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―注目ですね。石原都政になって、「君が代と日の丸」のことが強く言われだし、(何か嫌だなあ)と心配しながら、離れた所から、(でもこんな事、先生方が黙っているはずが無い)と、どこか他人事だったのに、現場の先生方の間にこんな事があったのかと、今更ながら自分の無責任さを反省しました。職員会議で、採決を取ることも禁じられるなんて、信じられない。意見を聞かないということですよね。締め付けがここまでだったとは。
土井:一部の学校で、職員会議の力が強くなり過ぎて、孤立する校長先生を守る必要があったのも事実なんですが、上からの通達だけと言うのは、民主主義に反しますよね。退職した後で抗議する校長先生は多いらしいんですが、土肥さんはリスクを抱えた現役の時に言ってこそ意味があると、言うんです。何も失うものが無いところから言っても人の心には届かない。「犠牲を払ってでも言わないといけないから言うんだ」という姿勢が大事なんだと言って、やったんですよね。

―学生時代の、全共闘に共感しながら行動はしなかった事を、未だに心の中に止めておられるんですよね。散々騒いだ挙句に、さっさと転向する人も多いのに、凄いです。商社に勤めたのにしても、貧しい人たちにも牛肉を食べさせたいと思ってと言うんだから、驚きです。
土井:当時は転向したとか、皆から非難されたらしいですが、この歳でまだ理念をなくさないのは本当に凄いですよ。皆からは、歳を取ってから全共闘運動をやっていると言われるらしいです。映像にも映っていますが、生徒さんから本当に慕われていますよ。皆の名前を憶えてね。佐藤さんにしても、しなやかで美しいからファンになる人が多いんです。

―お父様の葬儀のシーンは、後輩の牧師さんのお別れの言葉等、佐藤さんのバックグランドが解かって、色々な事を思わされました。彼女の姿勢は、お父様から教えられたものでもあるのですね。しかもベールを被った姿が優雅で美しく、素敵です。運動ではなく、生き方として、柳のようにしなやかに自分を貫いて生きてらっしゃるんですね。私もファンになりました。
土井:ええ、美しいでしょう。お父様の仕事柄、清貧の家庭で苦労もされているんですが、苦労が顔に出ていない。
―貧しくても文化のある家庭で育たれたんですよね。でも合唱の指揮をするシーンでは、腕のふりとか意外な力強さで、音楽や生徒への情熱、この方の心の中の強さを感じました。

土井:本当はあのシーンで終わりにしたかったんですが、撮影はしたものの、映す許可が出なかったんです。「あんなところを映す許可を出したとわかったら、僕が首になる」と、校長先生が言いまして。だから、佐藤さんの指揮する姿ばかりを映しているでしょう? 向こうの生徒を感じさすように撮ってはいますが、映してはいない。

―え? そんなことまで怖がるんですか? 
土井:そうなんですよ。生徒たちを映しているその前のシーンは、佐藤さんが生徒の家に1軒ずつ電話をして、許可を貰って撮影しているんです。
―私が思っている以上に、教育現場は上から支配されているのですね。驚きました。多くの先生方が巻き込まれる中、孤立を恐れず、リスクを背負いそれに異を唱える3人の勇気は格別ですね。
土井:この映画はたまたま教育現場の話ではありますが、組織の中で生きる人々が、どう自分らしく生きるかを問いかける映画でもあります。組織の持つ論理と、個人の論理がぶつかった時、貴方はどういう生き方をするか。それをした時、貴方は納得していますかと、問いかけてもいるわけです。根津さんはともかく、佐藤さんや土肥さんは、自分で言うように、最低限の妥協もしているけれど、血をはく思いで自分を貫いて、自分に恥じることなく行動している。そんな姿が人々の心を打つのではないでしょうか。

―ええ。感銘しました。「私を生きる」と言う、ある意味で当たり前のことが、組織の中にいるとこんなにも大変なのですね。そんな3人の素敵さは、映画館で確認いただくとして、2010年に完成していたのに、公開が遅れましたね?
土井:最初は一般公開は、劇所側が怖がって無理だろうと、予定してなかったんです。DVDだけでいいと思っていたんですが、それでは支援者や運動の人の目にしか触れない。友人に「一般の方に劇場で見てもらって始めて映画は完成する。本当にこの問題を問わないといけないのは、一般の人たちへだ」と言われ、模索していたんです。東京だけでなく、橋本市長が誕生して大阪の教育現場まで大きく変わりそうなこの時期に、公開に漕ぎ着けられたのは、社会的にも意味がある。幸運でした。でもこの映画は、運動の映画ではないのです。たまたま舞台が右傾化の激しい教育現場だけれど、そこを舞台にした生き方の映画としてみていただけると嬉しいのですが。僕が問いかけたいのはそこですから。

―充分伝わりました。そんなしなやかな姿勢といい、この作品で、土井監督自身の変化を感じて、興味を持ちます。前作の「沈黙を破る」では、僅かにですが、(僕が伝えなくては!)という監督の気負いや、押し付けられる正義感を感じたものですが、そんな匂いが画面から消えて、訴える以上に問いかける姿勢が残り、僭越ですが、監督ご自身の成熟も感じました。
土井:状況の違いが大きいかもしれません。パレスチナは常に命の危険と隣り合わせです。逮捕されたこともあるし、出国まで常に緊張しているので、そういうものが画面に現れるのでしょう。その点この作品は、国内の撮影で命の危険はありませんから。それと、「沈黙を破る」を撮り始めてかだと、10年弱の時間がある。僕も歳を重ねて、変わったかもしれません。組織に入らずずっとフリーでやってきましたが、この歳になると自分の生き方を反省もしているし、思うようにならなかったという挫折感もある。それに、経済的なことも含め、全てを自分で引き受けるフリーランスの者は、常に自分の生き方と向き合わざるをえないし、仕事には相当のモチベーションが必要です。どうしてこういう生き方をするのかと、登場する人物を鏡にして、自分の生き方を考えたりもします。この3人にはそれがある。結論ではない、そういう姿勢が映っているかもしれません。ぜひそういう視点でこれを御覧頂きたいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
 佐藤さんと土肥さんのしなやかで芯の強い生き方に、自然に涙が溢れました。組織に入れば自分を無くするのは当然と、私は一度も組織に入らなかった。だから、組織に入り、身の安全を求めながら、組織の論理を無視して、自己主張をする人を見ると、いくらそれが正しくても、(それが組織にいるということ。両方とも欲しがるなんて、虫が良過ぎる!)と、苛立ちを感じるのも本音。でもこの二人は、組織の中に身を置き、両方の論理の狭間で身を裂かれそうになりながらも、両方の論理を理解して、組織の中の人間としての行動もし、しかも自分を見失っていない。苦しみながらも、自分を生きることを止めない姿に、心から尊敬の念を覚えます。清冽なその姿に、組織の中で自分を見失わずに生きることの過酷さも感じる。組織を変えるのは、組織の中にいる人にしかできない。色々なところで、自分を見失わずに生きようと頑張る方を見て、勇気を頂きました。

この作品は、1月28日より十三シアターセブンで上映

画像付きの記事はhttp://eiganotubo.blog31.fc2.com/blog-entry-324.html
[ 2012/01/28 06:20 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


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