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コラム風「脱原発そして脱欲望について考える」:南亭駄樂

 「脱原発という言葉は、反原発とどう違うのか」――上野千鶴子さんは1月15日、脱原発世界会議の閉会イベントでそう問いかけた。彼女は、「脱」には「通り抜けた」という意味がある、と言った。すなわち、私たちは原発推進、反原発運動、チェルノブイリやスリーマイルアイランド、JCOなどの事故、そして今回の福島第一原発事故を通り抜けていま、この地平にいる(さらに、核ということで言えば、ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸があり、地球上のたくさんの核実験や劣化ウラン兵器なども重なる)。

「反原発」から「脱原発」「脱核兵器」へ

 私が反原発運動に関わっていた時代は原発の危険性については指摘していたが、エネルギーの転換や人の暮らし方、生き方、文明のあり方についてはそれほど語らなかった。現在の課題はまさにそのことである。しかし、ここに至るまでなぜ私たちはこれほどの犠牲を必要としたのだろうか。しかも、日本政府と財界は、ことここに至っても、原発を再稼働しようとし、外国に輸出までしようとしている。
 上野さんは「中国、韓国の原発事故も日本に大きな影響が及ぶ」とし、「脱原発も脱核兵器も一国ではできない」と強調した。脱原発の地平は世界中で共有しなければならない。

「脱欲望社会」の実現を

 原発事故やマネー社会の行き詰まりなどへの反省から、人類の金や物への欲望を考え直そうという主張が出ている。「反欲望」の思想である。しかし、私は欲望にこそ「脱」がふさわしいと考える。「脱欲望」の思想である。
 人の欲望の対象は幅広く、ある意味、欲望は生きる力や社会のうるおいにもつながる本質的な要素である。意欲という欲も、美しくなりたいという欲もある。金や物や性への欲望もすべて悪とは決めつけられないだろう。
 私たちは、産業革命や大恐慌や戦争特需や高度成長や南北問題やバブル崩壊や社会格差や財政危機などを経験しながら欲望のままに突っ走ってきた。そして、そのことが決して人の幸せには結びつかないことを知った。
 原発同様、現在進行形の問題であり、私たちは多くのさまざまな犠牲と試練を経て「脱原発」、「脱欲望」という地平に達したのだと思う。
 しかし、その土台はいかにも心もとない。私たちは心して、覚悟を決め、子どもや孫、もっと後の世代のためにも、自分たち自身のためにも、この地平をさらに大きく切り開いていかなければならない。
[ 2012/01/28 00:00 ] 南亭駄樂 | TB(-) | CM(-)


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