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映写室 「“私”を生きる」土井敏邦監督インタビュー(前編):犬塚芳美

―右傾化する教育現場で私を貫く―
 
 「沈黙を破る」等、パレスチナやアジアに関するドキュメンタリーを制作してきた土井敏邦監督が、今度は国内を舞台に、自分らしく生きる意味を問いかけます。登場する3人は、右傾化する東京の教育現場で、自分らしさを貫いて東京都教育委員会と戦ってきた団塊の世代前後の教師。「“私”を生きる」と言う意味を監督にお話を伺いました。

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<その前に、「“私”を生きる」に登場する3人の教師の略歴>

・根津君子:(1950年生まれの元中学校家庭科教員) 日の丸、君が代、従軍慰安婦、ジェンダーフリー教育等で、東京都教育委員会と何度も対立し、延べ11回の懲戒処分を受ける。2006年3月の卒業式の君が代不起立に対する、(停職3ヶ月)の処分に対し、1月16日最高裁で教育委員会の処分のいき過ぎが認められた。

・佐藤美和子(1954年生まれ、音楽専科の小学校教員) 2001年3月の卒業式で、校長から指示された君が代のピアノ伴奏を、宗教上の理由等を挙げ断る。「日の丸が掲揚されても決して強制はされず自由です」と手作りのリボンをつけて、子供たちに教えたことから訓告処分を受ける。

・土肥信夫(1948年生まれ。東京大学を出て商社に勤めた後、通信教育で教員免許習得。元都立三鷹高校校長。現在、法政大学等の非常勤講師) 校長現職中に「職員会議で、教師の意向を確認する挙手・採決の禁止」と言う通知を受け、撤回を東京都教育委員会に要求。現在「学校の言論の自由」と「非常勤教員不合格」について東京都に損害賠償を求め訴訟中。1月30日地裁判決予定。

<土井敏邦監督インタビュー>―前作の「沈黙を破る」のように、土井監督と言うと、パレスチナをイメージするのですが、今回は又一転して国内。東京都の教育現場を舞台にしていますが、この大きな転換はどうしてですか?
土井敏邦監督(以下敬称略):よくそう言われますが、自分の中ではそんなに大きな差ではないんです。医者になりたかったのに挫折して、ジャーナリストになり生きてきた私ですが、この年になっても未だに、どう生きればいいのかと生き方を模索しています。パレスチナで厳しい状況下の人々を見ても、どうしてこんな過酷な中で優しく生きれるのかと、人々の生き方に関心が強くなってきました。人として、何を大切にすれば生きた実感があるのかと探るのが、私の一つのテーマなんです。阿部さんが総理になった頃から、この国はどんどん右傾化している。憲法が本当に変わるのではないか。議論ではなく、変わるプロセスに入ってきたのではないかと、危機感を持ったんです。日本の今の現状を伝えるにはどうしたらいいかと考え、たまたま連れ合いが教師と言うこともあって、東京都の教育現場の危機感が私にも伝わってきていたので、これを映像化しようと思いついたというわけです。

―色々な先生が戦っていると思いますが、この3人のセレクトは、どんな基準で?
土井:最初は根津さん一人で作るつもりでした。根津さんは彼女だけで1本映画も出来ているほどの、ある種シンボリックな方で、色々なメディアが取り上げている有名な方です。でも僕が興味を持ったのは活動家としての彼女じゃあない。停職処分を受け経済的にも追い詰められながら、どうしてそこまでやるのかと言う彼女の人間性への興味でした。君が代、日の丸は、一つの舞台であって、彼女はそこで生き生きと、見事な生き様を見せて生きている一人の人間なんです。それに惹かれたわけで、運動を描くつもりは無かった。同じ人間としての普遍的なものを描いてこそ、人の心を惹きつける。それが成功しているかどうかは、観客の皆さんに判断していただくしかありません。

―私は丁度登場する皆さんのような年代なので、感情移入しやすくて。佐藤さんや土肥さんの、しなやかに自分らしさを貫く姿に涙が滲みました。ただ、根津さんには最初戸惑いがあった。何度も死のうとまで思ったことや、追い詰められて、明日はもう学校へ行けないんじゃあないかとまで思う日々を語る後半では、納得したし心を捕まれましたが、前半の、根津先生の挨拶を無視して校門を潜る生徒の群れを見ると、辛くなる。誤解を恐れずに言うなら、これはこれで一種の暴力に思えて、複雑な思いを持ちました。そこのあたりはどうでしょう? 誰もが根津さんのように強いわけではない。強くなれといわれても、出来ない人もいる。土肥さんの言うように私も「悪法もまた法なり」と考えるほうだから、先生を無視する生徒の心の痛みを思うと、複雑な思いです。

土井:そうなんです。彼女は本当に強い。特別な人ですね。他の方が彼女を撮った「君が代、不起立」と言う映画が、まさにそういう作品で、運動の方には受けるけれど、一般の方は付いていけない。僕が撮影で心がけたのは、彼女にマイクを持たせないことでした。根津さんはマイクを持つと口調も変わって、完全に運動の闘士になってしまう。皆との接点がないし、今の若い人はそれだけで引いてしまう。でも普段の彼女は、そういう面だけじゃあなく、実に繊細な柔らかい人なんですよ。彼女の弱さを含めてそんな所を伝えたいと思いました。そんな人が何故ここまで戦うかと、それを問いたい。だから、なす術も無く座っているシーンをたくさん使っています。

―ええ。
土井:でも、僕がいくらそんな風に思っても、登場するのが彼女一人では、どんなにやっても運動の映画になってしまう。困っている時に、ある本を読んだら、本の半分位が佐藤さんについて書いているんです。で、この人だと思って撮影しました。これでずいぶん軟らかくなったけれど、それでもまだ根津さんと佐藤さんでは、君が代、日の丸の映画になってしまうんですよ。そんな時に土肥さんを知り、3人の映画にしたんです。これでバランスが取れました。
―確かに、土肥さんのせいで、他の二人についても君が代以上に自分を貫く生き方が浮かび上がりましたね。「私を生きる」という題名どおりの映画になりましたよ。
      <明日に続く>

この作品は、1月28日より十三シアターセブンで上映
[ 2012/01/27 08:07 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


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