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「オフレコで考えた」:片山通夫

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 琉球新報が「オフレコの約束」を破って、「女性への乱暴に例えた発言」を報道した。その場(居酒屋)に9社ほどの記者がいたという。琉球新報だけが、電子号外(写真)まで出して最初に伝えたわけである。

 この「オフレコ破り」に防衛省側は「戸惑いを隠さない」と言う。同じ沖縄の新聞、沖縄タイムスは「(防衛省)幹部は『沖縄メディアにはオフレコという常識が通用しない』と漏らし、職員の一人は『報道陣との信頼関係が崩れた』と表情をこわばらせた」と伝えた。

 このことで思い出すのが「松本復興大臣(当時)が宮城県庁で吐いた『オフレコ』発言」である。宮城県知事が大臣を出迎えなかったことに切れて叱責。その後「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。絶対書いたらその社は終わりだから」と報道陣に話したというもの。大臣の恫喝(?)が効いたのか、ただ一社を除いて各社は伝えなかった。しかし、地元の東北放送(TBC)がニュースであっさりと「オフレコ」を破った「事件」である。ここで考えるのが、いずれの報道機関も地方の報道機関である。沖縄新報は「沖縄県民の心情が許さない」と報道した。東北放送は「大震災被災者の神経を逆なでする発言」だと報道した。

  この二つの出来事は大きな意味を含んでいる。「オフレコの規制」がどこまで許されるか。逆にいえば「どの一線を越えた場合オフレコ破り」が許されるのかという問題である。いやしくも報道機関を名乗るなら「自己規制」は取り外すべきだと筆者などは考える。それにつけても、東京中心のマスコミだと情けなく思うのは筆者だけか。東北放送や沖縄新報の「後を追う」だけで火の粉は自分はかぶらないという報道姿勢は如何かと思うわけである。
 
 以前有力政治家が「中央のマスコミは何とかなる。しかし地方紙だ。問題は」と吐露したという。中央のマスコミは、もしかしてもう危ないんじゃないか。「権力になめられている」マスコミ。
[ 2011/11/30 14:22 ] 片山通夫 | TB(-) | CM(-)