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奈良おんな物語《11》「オペラ歌手・大原末子」上:鄭容順

「プロフイル」
オペラ歌手(レッジェーロ・ソプラノ)で奈良県の大和郡山市を拠点にして活動する大原末子さんは日本国籍に変えるまでの1年前までは在日韓国人2世だった。本名は姜末子さん(50歳)、独身時代から通名で音楽活動してきた大原末子さん、現在も周りから親しまれているのでそのまま通名を使っている。


1960年、大阪府淀川区塚本田川で生まれ育った。
町工場が多い下町、JR大阪駅まで自転車でも行くことができる。大阪の町の真ん中で育ち30分も自転車で走ると梅田に着く。途中、淀川を越えなければいけない。十三大橋や淀川鉄橋を渡ると中津、地下鉄御堂筋、阪急、阪神電車乗場にも近い。
町の中で育った大原末子さん、大和郡山市に住む全良雄さんと見合い結婚して大和郡山市が生活の場所となった。全良雄さんはでオーボエ奏者で奈良フイルハーモニー管弦楽団団長、大原末子さんは音楽を理解する第一人者として全良雄さんを支えオペラを通して歌うことの楽しさ奈良県で広めてきた。

大原1

プロフイルがコンサートのパンフレットに紹介されている。ここからも抜粋して紹介します。
大阪芸術大学演奏学科声楽専攻卒業、同大学卒業演奏会出演、嘉納愛子、(故)中澤幸子、矢田部(鈴木)義弘の各氏に師事。
1983年ミラノ・ヴエルデイ音楽院に夏季短期留学をしてディプロマを修得。マリア・カルヴォーネ女史に師事、ソプラノレッジェーロの音種であると絶賛を受ける。また、ウーテ・ゲルツァベック氏による声楽のための呼吸法、発声法マスタークラスを受講。
フレッシュアーティストコンサート、朝日推薦演奏会、なにわ芸術祭等に出演、関西歌劇団在団中はいろいろなオペラに出演をした。また「第九」、「清流コンサート」のソリストとして出演、そして大和郡山市民第九の指導にもあたる。
2004年、2006年、2008年はリサイタルを開催、他に室内楽、サロンコンサート等、数多くのコンサートにも出演してきた。
2004年4月、奈良フイルハーモニー混声合唱団を設立、奈良フイルハーモニー混声合唱団団長として指導。奈良フイルハーモニー管弦楽団ソプラノ歌手、全日本演奏家協会アドヴアイザー会員と同協会主催コンクール関西地区審査員。
大和郡山市音楽芸術協会理事、大和郡山市女性ネットワーク・女声コーラス[きらら]、混声合唱団SUE・HIROを指導。

楽譜2

「歌うことは子供のころから」
大阪市淀川区塚本田川、地元の小・中学校から大阪府立北淀高校に通う。
小学校5年からピアノを習っていた。歌うのは好きだった。学校の発表会になると歌っていた。小学校6年の時、関西のテレビに出演している。子役で「赤とんぼ」などの童謡を歌うのが活動だった。ここから大阪からスタートした。
島倉千代子さんの舞台で一週間、歌を歌うことで一緒に舞台に立った。大阪フェスティバルホール、大阪厚生年金会館、地方は舞鶴にも行った。7人ほどの子どもたちは地方にも同行、初めて新幹線に乗り初めてホテルに宿泊する。修学旅行のような気分だった。水前寺清子さんとも大阪梅田コマ劇場でご一緒している。
島倉千代子さんとの出演、村の子どもの役で絣の着物を着て赤とんぼを歌う。
大阪フエステイバルホールでは「赤とんぼ」を1人で歌った。
水前寺清子さとの舞台は寺小屋で勉強しているところだった。いつも保護者として兄がついてきてくれていた。
初舞台は3歳、「とおりやんせ」を歌って舞台と観客の掛け合いも体験、「おひねり」も舞台に投げられるがこれも体験した。
この「おひねり」は子ども心にとても「幸せ」な気持ちになった。また舞台で歌う快感を覚えた。島倉千代子さんや水前寺清子さんとご一緒した舞台などが歌うことの原点になっている。愛くるしいかわいい大原末子さんの子ども時代は周りの子どもたちから見るとどこか感性が違っていたのかもしれない。

<写真説明>1、大原末子さんの1人写し(2011年9月26日撮影) 2、楽譜と大原末子さんが外国語で歌を書き込んだノート
[ 2011/11/29 07:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)