ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  夜間中学・白井 >  夜間中学その日その日 (380)    蟻通信編集委員会

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

夜間中学その日その日 (380)    蟻通信編集委員会

 近畿夜間中学校生徒会連合会学習会が開催された。2014年11月9日、東大阪市立長栄夜間中学に近畿各地から、150人を超える参加があった。「日韓識字文解交流」と「夜間中学法制化をめぐる動きについて」報告を受け、議論を行う全体学習会である。

この日、日本語の理解が十分でない仲間のために、日本語の同時通訳を行う方法が採用され、イヤホンから流れる中国語を聞きながら、学習会が進行された。
この学習会テーマは、共通性がある。1968年10月、大阪で夜間中学開設運動が始まった。義務教育未修了者の学習権保障を掲げた、たった一人の運動が始まった。東京の夜間中学卒業生、髙野雅夫さんである。200日を超える開設運動は野火のごとく広がり、大阪府教育委員会を包囲し、1969年岸城夜間中学の公認と天王寺夜間中学の開設となった。
しかし、30年後、11校となった大阪の夜間中学で展開されている授業を見たとき、「求めた夜間中学ではない」と感じ、髙野雅夫さんは語学留学時、ソウルで体験した韓国の識字教室に、夜間中学でめざす「学び」の原点を見た。そこで韓国の識字教室で学ぶ仲間との交流を提起した。そして実現した日韓識字文解交流である。
2002年7月、交流で訪れたソウル近郊の安養市民大学(識字教室)で夜間中学生は「皆さんは夜間中学で学び、どんな社会活動をされていますか?」との質問を受けた。
この問いに対して、「夜間中学に来れていない仲間のために夜間中学開設運動をしてきました」と答えたが夜間中学生は帰国後もその意味をずっと考えた。「韓国の文解(識字)教室の仲間がおこなっている、社会活動も聞いた。奪い返した文字とコトバで社会活動を行うとは?」
2008年3月の識字文解交流を終え帰国した参加者は、橋下知事(当時)が打ち出した、就学援助、補食給食の大阪府補助を廃止に対し、夜間中学生は立ち上り、近畿夜間中学校生徒会活動を展開、闘いの先頭に立った。
髙野雅夫さんは「俺たちが学んだ韓国のオモニハッキョを原点に、学ぶ場を奪われた仲間たちとともに、韓・日の「識字」交流から、夜間中学の開設を訴えたい」と提起している。
釜山の盛芝文化院(文解教室)との交流を通して改めて考えたという発言があった。自分たちの学んでいる夜間中学について「先輩たちがとりくんだ行動が、自分が夜間中学で学ぶことにつながった。私たちも来れていない仲間に夜間中学を届ける」「私たちが努力しないと」との発言に表れている。
今、天王寺夜間中学開設を経ること46年をしてようやく「夜間中学法制化」のうねりが、国会でも議論が始まり、新聞ラジオテレビも、社説や特集番組を組み報道が始まっている。
この日の学習会では、延べ19人の夜間中学生が意見を述べた。法制化によって懸念されることも多くの夜間中学生や卒業生から発言があった。「先生に任すのではなく、今こそ、私たち自身の行動で、夜間中学生や卒業生の想いや願いを届ける必要がある」と。
来阪中の髙野雅夫さんも出席され、夜間中学生の声に押され次のように発言した。「ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは米ニューヨークの国連本部で演説した。『一人の子ども、一人の教師、一冊の本、一本のペンが、世界を変える』などと訴えた」「仲間たちの生きる権利をどこまで主張できるのが、夜間中学生であり卒業生に問われている」と語った。
参加した夜間中学生は、近畿夜間中学校生徒会連合会に結集して、組織をあげて、闘いに立ち上がる決意を新たにした。
[ 2014/11/15 18:19 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。