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夜間中学その日その日 (376)    蟻通信編集委員会

 夜間中学の歩みを訪ねて(2) 大阪府知事、天王寺を訪ねる

「知事、夜間中学に来て、私たちが毎日どんな想いで学んでいるか、直接見てください。私たちの話を聞いてください」。就学援助、補食給食の府補助を見直す方針を明らかにしたとき夜間中学生は橋下知事(当時)に手紙を書き、このように訴えた。

しかし、橋下知事は訪問することなく、2010年以降、府補助は廃止されたままだ。夜間中学の学習環境は格段に悪化した。近畿夜間中学校生徒会は府補助継続を求め、今年度も署名活動を展開中だ。
夜間中学のあゆみの中で、大阪府知事が訪れ、夜間中学生の声を聞く取り組みをおこなった知事があったことを私たちは知っている。1971年6月21日、天王寺夜間中学を訪問した黒田了一大阪府知事だ。その様子を伝える新聞記事がある。

天王寺中学校に21日夜、黒田知事が初めてやってきた。「実情を見、率直な意見を聞きたい」とこの日の訪問となった。(中略)教室を見回った黒田さんは生徒といっしょに給食のパンをほおばった。「このパン給食も無償にしてもらうまで、ずいぶん長い間かかったんですよ」と、白井重行校長が説明。

午後7時半から全校生徒が講堂に集まり、黒田さんと対話。憲法学者の黒田さんは「能力に応じてひとしく教育を受ける権利があるのに、社会的、家庭的事情で教育を受けられない人が現実にたくさんいる。働きながら、家庭をもちながら学ぶ皆さんはまだ幸せだが、府としてはもっと積極的に教育の機会を与えるよう努力します」とあいさつした。
これに対して30代から50代の労働者や女性が次々に立って訴えた。「黒田さん。私は1年生ですが。最初入学を希望したら満員だと断られた。やっと入れたが、はいりたくてもはいれない人がたくさんいます。もっと夜間中学を建ててください」「先生たちの仕事ぶりを見てると本当にきついのです。忙しすぎるから私たちも十分納得いくまで教えてもらえない。教員の定数をふやしてほしい」「いっしょに入学した多くの仲間が脱落していった。学校へ行くと残業ができなくなるためです。私たちの勉強には生活がかかっているんです。生活のために脱落する人のないよう奨学金を出してくれませんか」「近くに夜間中学がないためかなり遠くから通う生徒も多い、交通費を出してくれたら」・・・切実な訴えが続出した。
約30分。じっと耳を傾け、熱心にメモをとっていた黒田さん。最後に「いちいちごもっともな意見。でも一挙に解決はできないので少しでも解決するようにがんばります」と約束。生徒たちに“宿題”を課せられて帰っていった。

この記事の見出しは「奨学金・交通費・・・」「切実な訴え続出」「黒田知事夜間中学(天王寺校)を訪問」(朝日新聞 1971.6.22)。写真も掲載され、「夜間中学校で勉強ぶりをみる黒田知事」と説明がある。

黒田知事が持ち返った“宿題”は次年度、1972年4月、夜間中学の就学援助制度として実現した。負担できないとする国に代わり、大阪府が負担し設置市と共同で行うとする制度である。大阪の誇るべき制度であった。約40年後この制度の廃止を決めたのは、あの橋下知事だ。

いま夜間中学生は胸を張って、今の社会で夜間中学が存在することの意義を夜間中学の活動の中で実践している。知事をはじめ行政担当者は夜間中学現場を訪れ、この黒田知事に学ぶべきだ。夜間中学生の活動に支援を送るべきだ。

[ 2014/10/20 16:16 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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