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奈良おんな物語《40》「読売奈良ライフ『yomiっこ』代表取締役社長・編集長・朝廣佳子」下:鄭容順

「平城遷都祭実行委員長」
なら燈花会会長を降りた翌2005年から、奈良市がしていた平城遷都祭を任されることになった。


「大変重いものでしたが、世界遺産の平城宮跡で行う行事だから、ぜひトライしてみようと決意しました」。
どうせやるなら平城宮跡内を使いたい、だが今まで平城宮跡内で祭りや行事が行われたことは一度もなかった。さらに当時は平城遷都1300年祭の前で、文化庁から許可が下りにくく、2005年開催はあきらめた。やっと開催3か月前に許可が下りて、2006年4月に平城宮跡内での平城遷都祭をスタートさせた。
これを機に平城遷都1300年祭を盛大にしたいという、目に見えないが朝廣佳子さんの奈良に対するひたむきな思いがあった。
平城宮跡の使用に当たっては杭一本も打てないほど規制が厳しかったが、景観を生かした平城遷都祭は徐々に人を呼び込み、2010年の平城遷都1300年祭は、記念事業協会と共催で実行委員会が春と夏のフェアを行った。
春のフェアでは千三百人の少林寺拳法や空手、天平行列などを行い、延べ一万人以上が出演者となった。朝廣さんは「遷都1300年祭は見るものではなく参加し、皆で作り上げるものだと考えました。特に子どもたちにもたくさん参加してもらいました。自分が関わったという記憶を残してもらうことが、将来また奈良を愛する気持ちにつながると思うから」と話す。

鹿と戯れている燈花会

市内循環バス停・春日大社表参道前から見た燈花会

「平城京天平祭」
平城遷都1300年祭の翌年からは、「平城京天平祭」と名前を改め、引き続き実行委員長を務めている。
「春の平城京天平祭は、毎年5月3日から3日間開催し、奈良時代の衣装をまとっての天平行列を行っています。ここでしかできない行事としていくために、行列のクオリティもあげ、県内の企業や大学の皆さんにリハーサルをしていただきながら、参加していただいています。また、大極殿前で文武百官が天皇に拝謁し、元明天皇が遷都之詔を発するという行事も始めました。こんなりっぱな都の跡があり、大極殿があるわけですから、そこにふさわしい、奈良ならではの、奈良時代を今に伝えるものを作っていきたい。京都の時代祭を越える『時代行列』にしたいと考えています。中には関東から行列に申し込む人もいます。また、衣装や小道具の制作、当日の着付けや運営まで多くのボランティアスタッフが関わっています。そのほか、天平人のなりをした人たちが当時の様子を再現したり、奈良のうまいものを集めた『市』を起こしたり、ボランティアスタッフの皆さんのお陰で、年々どんどんおもしろくなっていると思い>ます。当時、日本の礎を作ったこの場所で、『平城京天平祭』を毎年開催することで、日本人としてのアイデンティティを感じていただき、奈良を、日本を好きになり、誇りに思う人が増えていくことを願っています」

2013年5月3日から5日の平城京天平祭

平城京天平祭8月29日から31日

奈良燈花会

これらの他、奈良の活性化をはかる文化政策ボランティア集団の「NPO法人なら元気もんプロジェクト」や、「鹿の愛護会」を支援しながら、奈良公園の鹿と人との共生を広める「鹿サポーターズクラブ」など、朝廣さんが関わる事業は多い。

「奈良に住んで」
朝廣佳子さんの奈良に住んだ感想です。
「奈良というところは閉鎖的なところも多くあります。女性の働きに反発が多くありました。だから男性より2倍も3倍も頑張ればいいんだと言い聞かせました。そして、女性というより1人の人間として認めてほしいと思いました。だから頑張れました。仕事だけでなくまちづくりにも関わる中で、女性の感性がいかに大切かをいろいろな場面で感じました。女性もできるというより、女性だからできる、女性でしかできないことがたくさんあると思います。女性が活躍することが自然な社会になることを願い、ひたすらに前を向いて活動してきました。奈良のすばらしさは語り尽くせないし、すてきな人もたくさんいます。歴史ある奈良のまちづくりに携われるだけで本当に幸せです。大好きな奈良に少しでもお役に立てたらうれしいです。これからも自分でできることを楽しんでやっていきたいです」

朝廣佳子のフエスブック

朝廣佳子さん、地震のプロフイルから

「筆者の感想」
何度か新聞などで名前を見たことがあった。しかし仕事に追われている時で奈良に關係することは遠まわしになっていた。「奈良おんな物語」で周りから掲載の声があったある女性に取材を要請したところ、朝廣佳子さんのご紹介となった。インターネットで資料を見ると本職の読売奈良ライフの仕事と同じぐらいに奈良で活動する事柄が多かった。取材に対応して頂けるのか最初は不安を持ってメールや電話連絡を取った。電話をしてみてまた超多忙な人と分かった。
そして取材に対応して頂きお会いすることができた。
一見しては普通のお嬢さん奥さんに見えた。どこに活動のエネルギーがあるのかと思ったほど一見は普通の女性です。普通の女性と活動のエネルギーが備わって不思議な人間的魅力を積み重ねてこられた人生、それが人柄でとても優しく初めてお会いしたのにどんどん話に吸い込まれていく。
前からの友人・知人であったように何でも話して下さる温かい人柄にまたお会いして話をしたい人になった。
そして美人です。白い服に指先のマニキュア、夏らしくて涼しいイメージ、こんなところにも人に会う気配りがあった。感心して思わずチラチラと爪のマニキュアを見ていた。女性起業家として月刊情報誌「読売奈良ライフ」を発行してこられた情熱に頭が下がった。毎月の雑誌発行はそう簡単なものではない。朝廣佳子さんは人材育成のため若手に現場取材をまかせている。朝廣佳子さんはいう「取材がしたい。多くの人に会いたい」とお腹の底からいっている言葉にこれが朝廣佳子さんの本音と気がついた。
記者だったら誰もが通る道です。記者で現場を走りまわっていてもいつかは後輩に託してデスクワークで原稿の整理をしていかなければならない。誰もが通る道、中には取材で現場をまわりたいとグズグズいう人たちも見てきたがそれなりに皆が落ち着いていく。
『yomiっこ』の編集長はこれからも自分にとっても周りにとっても素晴らしい奈良の財産になっていく。これからも奈良県で活躍する人を1人でも多くご紹介して頂きたいものだ。美人で温かくて優しい朝廣佳子さん。またお会いしたい1人になった。
なお、夏の天平祭、今年は終わりましたが来年の参考にして下さい。

この度の朝廣佳子さん、多忙な時間を割いて取材のご協力を頂いた。3時間で半世紀を聞いてまとめる。これも取材した朝廣佳子さんに失礼とは知りながら原稿を作成した。ゲラの確認作業は必要で多忙な朝廣佳子さんにまた校正を要請した。時間に余裕のない中、丁寧にゲラを読んで校正作業をして頂きました。筆者の作業に気配りをして下さった。とても感謝をしている。26年間、在日韓国人の中を記者としてかけまわった。その間に奈良県はまた新しい感性の女性たちの実行力で変わりつつある現実を知ることになった。とてもうれしく思っている。6年後は東京オリンピック、またそれに向って朝廣佳子さんらの活動する人は何かを模索して実践していくと確信している。多忙極まる中、取材にご協力を頂き心から厚く御礼を申し上げます。

<写真説明>1-春日大社表参道で燈花会を楽しむ人たち、鹿とも戯れている。2つの奈良の触れ合いが出来ている。2-市内循環バス停から見た燈花会。3-朝廣佳子さんが自身のホームページで紹介しているプロフイルの写真です。














[ 2014/09/07 05:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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