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奈良おんな物語《40》「読売奈良ライフ『yomiっこ』代表取締役社長・編集長・朝廣佳子」中:鄭容順

「なら燈花会」
朝廣さんは、個人で会社を立ち上げた頃、誘われて1990年に(社)奈良青年会議所に入った。



燈花会-看板設置1-中1-A

燈花会-看板設置2-中1-B

青年会議所に入会してまだ3年目、年度途中にある事業を提案し、皆に大反対された。「自分ができるという感覚があれば、何としてもやろうとする気持ちが当時からあったと思います」と朝廣さん。結局仲間とともに予算250万円を自力で作り、奈良の文化を集めた「まんようへのいざない」という事業をやりきった。当時は珍しかった、着物を洋服に仕立てたファッションショーはモデル30人を公募し、若者から中高年までモデルウオークをした。
この時、青年会議所のメンバー皆の運営力のすごさと、多くの市民の人たちに助けてもらった感動が忘れられず、以後のめり込むことに。「自分のまちづくりの原点はここにある」のだと。
その7年後に生まれたのが「なら燈花会」である。それまで、青年会議所の一メンバーとして、ならまつりの運営に携わってきた。市民まつりになりがちだったならまつりを観光事業にしてもっと多くの集客が出来ないかと考え、朝廣佳子さんらは「まつりを考える会」を発足。当時の奈良県観光課から奈良公園にろうそくを並べてはどうかという提案が出され、朝廣佳子さんはそれをぜひ具現化しようと声をあげた。
皆からは「地味だ」とか「ただでさえ高齢者しか来ない奈良に、ろうそくをたくさん並べるなんて辛気臭い」ともいわれた。奈良の地元の人は奈良に対して劣等感があった。

「他府県から見た奈良」
他府県から奈良に住んでみて、奈良は本当に素晴らしいと思う朝廣佳子さん。
「奈良は世界に類なき美しさがあります。春日大社のおん祭りにおいても息をのんで見つめるほど特別な神聖な空気感を感じます。見える美しさとともに見えない美しさがあります。釘1本使わない木組の木造建築や神社の鳥居など、たたずまい全体が整然としていて、それはほっておいて作られるものではなく、長年引き継がれてきた手入れと形を整えてこそ、醸し出すものです。そこを守る方々のお人柄が偲ばれます。
その美しさは大きな観光寺院は然りですが、小さなお寺にも感じます。私は月刊誌『yomiっこ』で奈良県内の様々なお寺にお邪魔をしておりますが、一人で頑張ってお寺を守っておられる方は結構多いです。特に若い僧侶が一つのお寺をまかされ、一生懸命に整えようとする姿には感動します。中には一人でお堂をリフォームしょうとしている人、重機を借りてきて一人で庭を作ろうとしている人までいます。お寺の境内を毎日掃除するだけで一日終わってしまう人もいます。
宗教は神道も仏教も「浄める」ということが大切です。不浄のところには神様も仏様もお住まいにはなられないといいます。トイレも然りで美しく清めてこそトイレの神様が降りて来られる。ゆえに掃除は仏教では修行の一つになっています」。

「地域活性化」
さて、地域活性化を図ろうとする「なら燈花会」に対して、地元の反応は最初冷たかった。夏枯れの解消と伝統行事の相乗効果をはかり、8月6日~15日の10日間と決めた「なら燈花会」だったが、真っ先に春日大社からおしかりを受けることに。春日大社では8月14・15日「春日大社万灯篭」の行事がある。古代から延々と行われているこの行事、万灯篭の灯りは神様に捧げるための神聖な灯りがつけられている。春日大社側は「燈花会を万灯篭と間違っている人もいて、このままでは千年近く続いた万灯篭がすたれてしまう。燈花会をやめてほしい。神様の炎をささげるのに庶民の火と同じように考えてすることは困る」と激怒された。
百年、千年という単位での行事が多い中、奈良で新しいものを立ち上げる難しさを痛感することになる。駅前商店街も同様だった。8時には閉店する商店街を1時間でも遅く店を開けてほしいと要請しても、商店街は応じなかった。

だが、ここであきらめなかった。春日大社や東大寺の参道にも燈花会の灯りを並べ続けた。すると、東大寺が13、14日に夜間拝観をしてくれることに。
それに合わせて「なら燈花会」は5年目にして春日大社・東大寺・興福寺の三社寺が参加してくれるようになった。また、3年目にならまちの商店街から「燈花会」をしたいと要請があり、協力商店街が増えて行った。そして5年目には駅前の商店街も協力してもらえるようになった。
また、5年目に5周年事業としてレセプションを開催、協賛各社に足を運んでもらい、生の「燈花会」を見ていただいたことで、交通各社が協力を約束、6年目には10日間の来場者が70万人を突破した。
朝廣佳子さんの、地元の人も他府県も一緒になって地域活性化をしていくという思いが、やっと浸透していき、6年務めた会長を次にバトンタッチした。
「なら燈花会は何より地元の人が奈良を見直すきっかけになったと思います。『来てよかった。来年もして下さい』というお便りも多く頂いたし、ボランティアがボランティアを呼んでくれました。毎日300人のボランティアの皆さんの力で、やっと成り立つ行事です。大変というより皆さんと一緒に頑張ることがむしろ楽しくて、毎年続けることができました」と朝廣佳子さんは話す。
「なら燈花会」は、オリジナルのカップに水を3センチいれてろうそくを浮かし、点灯となる。最初は、真夏の暑さで奈良公園の鹿たちがカップに入った水を飲みにきて並べたカップを倒されることも多々あったが、その後鹿ともうまくやれるようになってきた。

「なら燈花会」の成功について周りの声は「成功まで導いていった朝廣佳子さん。リーダーの純粋な使命感を持ってひたむきに行動することで周囲を共感させ協力に結びついた」という。

1300年前に都として栄えた奈良、広大な自然のなかに古代の日本の面影が残っている。「なら燈花会」はゆったりとした時がながれていることを訪れた人は実感していく。

「今年の『なら燈花会』」
今年(2014年)も8月5日から14日まで開催された。古都の夏の夜を2万5千個のろうそくで彩る「第16回なら燈花会」が奈良市奈良公園一帯で開催された。5日、オープンニングセレモニーで火入れ式が行われ7時から各会場でろうそくに点火、奈良公園一帯はほのぼのとしたオレンジ色の灯りがともされた。点灯時間は午後7時から9時45分、ろうそくを点火するサポーター、関係者やボランテイア活動者ら300人が参加した。
今年は台風の影響で雨のため9・10日が中止された。昨年より1万4千人少ない90万4千人が見学した。2日中止があったものの実質的には昨年を上回る観客となった。
1日当たりの最高客数は13日の18万8千人、昨年の16万9千人よりの2万人多かった。今は3代目の会長が会を率いる。

燈花会-点火前-中2

燈花会-カップとろうそくの点火前-中1-

燈花会-ぼらんていあの点火-

燈花会-点火終了-

春日大社表参道前-燈花会1

燈花会-表参道-下3

「なら燈花会が地域と一緒に活動」
朝廣佳子さんは『なら燈花会』について語る。
「1年目は4千個のろうそくを数十人で点火していました。その後ボランテイアの皆さんも増えて、会社や学校ぐるみなどで参加もしてくれるようになってきました。見学に来られる観客も、次は『おもしろそうだ』と言って、ボランティアになってきてくださる方も多いです。始めた当時は、携帯での写メールが流行し始めた頃でした。『なら燈花会』が時代に合ったのです。開催する前は高齢者が多いと思っていましたが、開催してみると若い男女が多く、携帯で写真に撮影して身内や友人に『なら燈花会』の様子をメールしてくれて、その場にいない人にも『なら燈花会』の雰囲気をお知らせすることになりました。若い人たちの写メールの効果と口コミで『なら燈花会』を地元にも他府県にも宣伝していただいたのです」。

「『なら燈花会』は慶州でも実施」
奈良市と韓国慶州市が姉妹締結をしていることから朝廣佳子さんが会長時代、慶州市に訪問、慶州市にある「奈良公園」で「燈花会」を実施した。そのほか、燈花会はカップやろうそくの頒布もあって、全国にどんどん広がっていった。

<写真説明>1・2-2014年も8月5日から14日まで燈花会が開催された。近鉄奈良駅の行基菩薩噴水前の広場に燈花会案内の看板が設置された。設置されているところと案内板。3~8-2014年8月5日から開催された燈花会、13日の夕方、筆者が春日大社表参道前に駆け付けて写真撮影をした。2014年8月13日午後6時50分、点火前のろうそく入りのカップとカップに入ったろうそく、午後7時の点火の合図でボランテイアの人らが点火をしていく。点火が終ったところ、春日大社表参道前の燈花会の様子です。
[ 2014/09/06 05:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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