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奈良おんな物語《40》「読売奈良ライフ『yomiっこ』代表取締役社長・編集長・朝廣佳子」上:鄭容順

今回、「奈良おんな物語」でご紹介をする朝廣佳子さん。奈良県内では知る人は知る有名人です。ある人のご紹介でお会いすることになった。お会いする前にインターネットで調べた資料に驚いた。まず「プロフイル」は資料を通して紹介、その後でインタビューした事柄を書いていくことにする。

朝廣佳子さん顔写真

「プロフイル=インターネット資料から」
1960年東京都生まれ 岡山県育ち/1993年(株)読売奈良ライフ代表取締役社長/1999年(社)奈良青年会議所第40代理事長▽「カウントダウン2000inNARA」実行委員長▽「なら燈花会」実行委員長/2000年「なら燈花会の会」(2004年NPO法人取得)創設・2004年まで会長を務める―2003年―NPO法人なら元気もんプロジェクト推進会議理事 2011年同法人理事長
2004年―国土交通省 観光カリスマ百選認定/2006年経済産業省 地域中小企業サポーター▽平城遷都祭実行委員長/2007年内閣府 地域活性化伝道師の任命を受ける。

プロフイル=インタビューから」
朝廣佳子さん(53歳)は東京生まれ、3歳から倉敷市で育つ。故郷の話をするときの顔はいかにも懐かしそう。
「瀬戸内海が大好きです。出来れば世界遺産になればと思っているぐらいです。瀬戸大橋が出来て交通至便になりましたが瀬戸内海の景観が変わったのが残念。子どもの頃は瀬戸大橋がなく船、連絡船で行き来していました。小学校時代は連絡船に乗って瀬戸内海の離れ小島に海水浴やキャンプによく行きました。毎日飽きずに大好きな海を見て育ったことが、私の感性の土台になっているかもしれません」。
 大学で夫と知り合い、結婚して奈良に住むことになる。


「初めての取材活動から読売奈良ライフまでの歩み」
 正直、奈良に住むことになった時、海がないことが苦痛だった。だが、それもあるきっかけで変わっていく。義父がしていたミニコミ紙を手伝うことになってからだ。義父は、現在の(株)読売奈良ライフの建物の1階で、読売新聞の販売店を数店舗経営していた。販売店をしながら読者にミニコミ誌を発行しており、ある日突然呼ばれた。「これを持って取材に行ってこい」。手渡されたのは自分の名前が書かれた名刺。いきなりのデビューだった。その後、編集一切を任され、1人でタブロイド紙4ページのミニコミ誌を月3回発行することに。当時は写植だったが、新聞社の元整理部長に直接新聞レイアウトの手ほどきをうけ、手書きでレイアウトをしていた。
10日に1回の発行は、正直とてもきつく、毎晩遅くて休みもない。泣きたかったと語る。「でも、奈良のいろんなところを取材するのが楽しくて、奈良がどんどん好きになっていったので、我慢できたんです」。
ある時、ミニコミ誌の中で学校長を取材する連載コーナーで、ある小学校の校長にインタビューを申し込むと無下に断られた。
「そんな新聞聞いたこともない。そんな三流誌の取材を受けたくない」という。
朝廣さんは「これには大変ショックを受けました。自分では自信を持って出していた紙面だっただけに、くやしくて仕方がなかった。その時に、奈良県で最もメジャーなタウン誌を作ろうと心に決めました。校長先生の言葉は会社を立ち上げるきっかけになりました。1988年個人の会社を起業し、徐々に人員を増やしていきました。今は校長先生の言葉に感謝しています」と話す。

「『読売奈良ライフ』の立ち上げ」
個人会社を作って新たにやり始めて2年ほどたった頃に読売新聞大阪本社から読売奈良ライフとの合併の話があった。
読売奈良ライフも最初は夫の父親、義父が作ったものだった。1993年(平成5年)4月、合併を機に朝廣さんは、内容の全面刷新を提案する。
これを機会に社員は入れ替わり、朝廣さんの独自の才覚をyomiっこホームページ発揮して、読売新聞読者へ奈良県全県配布の「読売奈良ライフ」は、次第に県内でよく知られる雑誌に発展した。

「『yomiっこ』の発刊」
2002年(平成14年)に、より多くの人に読んでいただき、親しまれる雑誌にしたいという期待を込めて、新しく『yomiっこ』を創刊、配布エリアも奈良県全県に加え、三重県伊賀地域や京都府南部も加わった。
 また、長年の編集力や蓄積されたデータ、取材ノウハウを生かして、WEB関係の分野にもいち早くとりかかり、奈良県内の多くの店や神社仏閣などのホームページを次々と手掛けてきた。「ホームページも単に情報を伝えるだけでなく、雑誌を作り、思わず読んでもらえる感覚が大事」と話す。
「すべて仕事は感性が大切」とし、ライティング、デザインなど、スタッフにも感性の磨かれたものを求める。感性鋭いデザイナーたちによって、チラシ、ポスター、制作物のデザインや編集も、行政関係から一般企業や店舗までどんどん請け負っている。
取材活動を通して奈良県で多くの人と出会った。何百人の人と出会う中で奈良のまちづくりの話を聞いてきた。取材はまちづくりのエネルギーになった。
「何かを成し遂げた人や成功してきた人の話を直接聞かせていただくのですから、こんな恵まれた仕事はない」と話す。一方、どんどん忙しくなる朝廣さんを後押ししてくれたのは、夫の両親だとも。「娘同様に私に接し、応援し、助けてくれました。いつでもほめてくれるしがんばっていると言ってくれる。その言葉に支えられてきました」。そして、夫は一番の応援団。夫のお陰で自分が活動できてきたと声を大にする。

yomiっこホームページ

<写真説明>朝廣佳子さん。燈花会のイベントを翌日に控え、月末は読売奈良ライフの発行、それ以外に所用が多く時間と時間の区切の中で取材にご協力をして下さった。写真撮影は喫茶・銀杏や、2014年8月4日撮影。





[ 2014/09/05 07:43 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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