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夜間中学その日その日 (365)    白井 善吾

珊瑚舎スコーレ夜間中学
沖縄那覇市で19回ミニ教研がおこなわれた。台風10号、11号の影響もあり、那覇空港に降り立ったときは、強い雨が降っていたが、2014年8月4.5.6日の全日程はこの影響を受けることもなく行うことができた。


8月5日の夕方、珊瑚舎スコーレ夜間中学を訪れた。この日、前期最後の学習があることを盛口満(沖縄大学)さんから教えていただき、訪問が実現した。
沖縄のお盆は旧暦の7月13.14.15日の三日間で、正月には帰らなくても、お盆に帰らなかったら大変なことになる。4月の清明節とお盆は先祖をお迎えし祭る最大行事だそうだ。今年は8月8日からお盆が始まる。夜間中学生の一人一人はその準備で大変になる。ということで8月5日は前期最後の登校日であった。
夜間中学生はどのように登校しているのかを体験するため、最寄りのモノレールの駅から約1キロの道を歩いて尋ねることにした。起伏の激しい道である。多くの夜間中学生はバスで通学されているとのこと、ビルの3階にある教室に着くには、急な階段を上らなくてはならない。昇降機が階段に設置されているが、「昇降機の世話になることは、プライドが許さない」とのことで、自力で上り下りされている方が多いとのこと。
到着するともう学習が始まっているクラスもあった。挨拶もそこそこに、教室にはいると、前期の学習内容を確認し、夜間中学生が自己評価を行い提出するのがこの日の学習内容である。質問内容を自分の学習プリントで該当箇所を探しながら、各自記入されていた。そのプリントを提出し、後期の学習が始まる9月22日に先生の返事が記入され、戻ってくるという評価方法だ。提出するプリントの最後には「前期の理科の授業を受けての感想、反省そして後期への要望を書いてください」とあった。
別の教室に入ると、学習の準備をする手を休めて、娘が珊瑚舎の夜間中学で勉強できること教えてくれた。「今は楽しくて、どんなことがあっても3本の足で通っています」と大事な杖を胸に抱えて話された。
午後6時になり、集会室に全員が集まり「始まりの会」があった。星野人史校長先生に紹介され、夜間中学生に話をすることになった。大阪の夜間中学で学んでいる人たちの様子をお話しした。「始めるときが始まりです。学ぶ喜びを動かし始めましょう」とうたわれているように熱い眼差しに圧倒されてしまった。
男性の割合が多いと思った。この日は1名が遅刻とのことで、あとは全員出席であった。出席をとる返事に一人だけ「いえ」とかえす人があったので、後で朝鮮語ですかと尋ねると、在日米軍関係の仕事をされていたので「YES」と英語で返事をされているとのこと。
急な訪問であったが、星野さんと話をする時間をいただいた。
沖縄県の義務教育未修了者数は米軍統治下の琉球政府がおこなった1955年の調査では学齢のこども達の約2割が未就学状態であるとのこと、実態はそれ以上である。片道1時間半の時間をかけ通学している人もある。県内に何校かの学びの場を設けることが必要である。
義務教育未修了者は「無料」とのこと。いくら「1条校」を適応して、学生定期があるとはいえ、通学できる人はある意味「恵まれた」人たちですねと言うと、「本人だけでなく、家族も健康であること、遠方からは通学不可能であること、家族の理解など、通学できる条件に恵まれた人たちである」。
国や県に対して、粘り強く運動を展開、「沖縄戦による義務教育未修了者支援事業」の創設や2008年から、「1932年から1941年生まれの人たち」には中学卒業資格が付与されるなど実現した。しかし制度による卒業では、県内の定時制高校への進学に限定されていることが問題だと話されていた。
教育行政担当者のかたい頭を夜間中学生の「熱と光」で変革していく粘り強い取り組みと実践が必要だ。
ミニ教研の次の行事のため、7時前、珊瑚舎を後にした。

[ 2014/08/13 23:23 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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