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奈良おんな物語《39》「翻訳家(元英語講師)・NoBuli′s Forest~ノブリの森代表―森かほり」上:鄭容順

「プロフイル」
森かほりさんは1968年、岐阜県生まれ、幼稚園の時に奈良市に移り住み、学校生活を過ごした。大阪女学院短期大学英語科で学び、卒業後は付属専攻科でさらに英語を1年学んだ。修了してアメリカイリノイ州の大学で2年半学び、日本に戻って外資系のメーカーの会社に勤務した。



32014-5-27-撮影森かほりさん

2年半勤務して退職、退職後は英語講師を務め、結婚後は出産のために退職。専業主婦で子育てしながら見つけたものが翻訳だった。翻訳大学院で通信教育を受け、卒業後すぐにビジネス翻訳の仕事を開始。ビジネスレターや商品のパンフレットの翻訳から始まったが、やがて英語の子育て本を翻訳して2冊を出版、地域のマスコミなどで取り上げられるようになった。
「いじめの加害者を作らない子育て」を学ぶ場として「NoBuli's Forest~ノブリの森~」を運営、現在は活動中である。これまでの活動を追って紹介していく。

「アメリカ留学」
日本の短期大学から専攻科に進み、英語を専門に向き合って3年、卒業したらアメリカでもっと英語を学びたいと考えて留学をすることにした。
当時はまだ1990年代の初め、時代は変わったといっても女性1人の海外留学にまず両親の反対があった。父親は「何のために行くのか。遊びに行くのではだめだ。留学の目的をきちんと説明しなさい」という。思いつく限りのことを説明してやっと留学の許可をもらった。
森かほりさんは「父親はよく行かせてくれましたと、今になって思います」と話す。
留学先では正規留学生として現地の学生に交じって勉強した。日本語のない英語だけの授業、来る日も来る日も勉強漬けだった。
「いつも崖ぷっちの状態で勉強していました」という。
学生寮に入っていたので学生食堂を利用、食堂に行くと日本人留学生がいた。幸いに日本語が使えて留学生活の息抜きになった。
留学生活を終えて日本に戻って外資系の会社に就職したが、営業部で得意の英語を生かせず、退職した。この職場で1つ学んだことがある。「笑顔」が大事だということだ。

<写真説明>森かほりさん、2014年5月27日、近鉄学園前駅近くの喫茶店でインタビューをしたときに撮影。
[ 2014/06/24 05:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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