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夜間中学その日その日 (356)  蟻通信編集委員会 

天王寺夜間中学同窓会
天王寺夜間中学同窓会総会が2014年6月1日、開かれた。約60人の参加があった。今年で45回を迎えた。会場には共同作品「学びは人生の希望、未来へつなごう われらの天中」が掲示されている。夜間中学生の手形がカラフルにデザインされている。「天王寺夜間中学の学びを守るぞ!!」夜間中学生一人ひとりの主張を表現したものだ。


この日の参加者では5期生がもっとも古い人で、近畿夜間中学校生徒会連合会の役員を務め、生徒会の闘いの先頭に立った懐かしい参加者も多い。この4月着任した校長は「存続することになったが、同窓会のみなさんにご心配をおかけしました。お詫び申し上げる」と挨拶を行った。
卒業生から「天王寺夜間中学の存続についての経過報告」があった。新聞報道があってから、卒業生は何度も集まり、議論を重ね学校や生徒会に話し合い、存続に向けた取り組みを行ってきている。紹介する。


昨年12月の毎日新聞に、2015年度を最後に天王寺夜間中学校がなくなるという記事が載りました。校舎が耐震基準を満たしていないということが理由です。
私たちはずっと校舎の建て替えの要望をしてきましたが、叶えてくれないままになっていたのです。あまりにも突然のことで、私たちは驚き、そして怒りを覚えました。いったいどうしたらこの問題を乗り越えることができるのかと何回も役員会を開いて話し合いました。
そうしているうちに、今年1月の毎日新聞に「天王寺夜中 存続へ、耐震工事が必要は 勘違い」という記事が出ました。大阪市教育委員会は、「校舎が耐震基準を満たしていないというのは、担当者の勘違いで2016年度以降も、校舎を使うことができる」という文章を発表しました。しかし、「大阪市の4つの夜間中学の生徒数が減り続けているので、引き続き夜間中学校の閉鎖や合併を検討中だ」とも書いてありました。
「2015年を最後に天王寺夜間中学がなくなる」という危機は一応なくなりました。しかし、去年12月の新聞記事から始まった出来事の中から見えてきたいろいろな問題点がはっきりしてきました。
1. 天王寺夜間の校舎は、1999年の耐震診断で耐震指標は0.74。文部科学省の耐震基準は0.70以上ですから、0.04上回っているだけなのです。老朽化が進めばすぐに取り壊されることになります。
2. 天王寺夜間の校舎は昭和30年代に建てられ、まもなく築60年経ちます。急いで建て替えをしなければ「危険な校舎」ということで、使えなくなります。
3. 教育委員会は、夜間中学の生徒数が減っていることを理由に大阪市内の夜間中学を閉鎖したり少なくしたりすることを検討中だということが分かりました。そうなると、校舎の老朽化が進んでいる天王寺夜間が一番に閉鎖されることになります。

これらの問題点をもとに、私たちは、天王寺夜間中学を守るためにどんなことができるかと、一生懸命考えました。天王寺夜間の生徒会の人たちや先生方、連合の人たちとも話し合いをしてきました。生徒数を増やすことが一番大事だということで、生徒募集のビラを作り、ビラまきもしてきました。しかしこの危機を乗り越えるには、同窓会役員だけではだめだということも実感しました。
そこで、同窓会役員会では、「今起きている天王寺夜間中学の状況を同窓会会員の皆さんに知っていただこう」と考えました。この危機を乗り越えるために、先輩の方々とともに天王寺夜間中学をどんな形で守れるか、一緒に考えていこうと考えました。
天王寺夜間中学は、「学校に行きたい」「文字を学びたい」という多くの人が声をあげ、いろいろな人たちの運動があり、大阪で一番初めにできた夜間中学校です。そしてまだまだ夜間中学を必要としている人たちはたくさんいます。
私たちは戦争や貧しさや障害のため義務教育を受けることができませんでした。学校に行きたい、勉強をしたいとずっと思ってきました。そしてやっと天王寺夜間中学にたどりつきました。文字が読める、字が書ける、そして今高校で勉強できているのは天王寺夜間中学のお陰だと思っています。
天王寺夜間中学校は絶対なくしてはいけない、守っていかなければいけないと強く思っています。私たちは、夜間中学を守っていく義務があると思います。
天王寺夜間中学を守るため、ぜひ先輩の方のお力をお貸しください。どうぞよろしくお願い申し上げます。    天王寺夜間中学 同窓会 役員一同


この提起を受け、8人の参加者が発言を行った。「大阪に夜間中学を作る、その初心に戻ってとりくむことが重要だ。私は髙野雅夫さんを“夜間中学のハラボジ”と思っている。今日も東京から、この同窓会に参加してくださった。熱い想いを話してください」「同窓会役員で話し合ったとき、みんなでカンパをして校舎を建てようという意見があった」「なくしてはいけない、卒業生、同窓会の一員としてみんなの想いや、気持ちを交流して、行動していきたい」「税金で給料をもらっている先生には限度がある。夜間中学卒業生や夜間中学生の力にかかっている」「このことでもう一度集まり、話し合いたい」
髙野さんの発言を紹介する「1969年6月5日、天王寺は開校した。俺たちは名前と文字を夜間中学で奪い返した。夜間中学がなかったら100%人殺しをしていた。1966年の夜間中学の廃止勧告は夜間中学の死刑宣告だ。俺たちを育ててくれた、夜間中学を何としても守りたい、創りたい。そんな想いで、大阪にきた。朝の近鉄特急に飛び乗って、名古屋の天神山夜間中学の閉校阻止にも参加し、その日に大阪に戻り大阪の開設にとりくんだ。横浜の夜間中学を考える集まりがあったが、そこには、横浜の夜間中学生や卒業生の参加はなかった。生命線は夜間中学生、卒業生だ。大阪の夜間中学を作る会を作ろうと声をあげたのは天王寺の1期生、倉橋健三だ。夜間中学で学んだ卒業生が生命線だ」
「夜間中学で学んだ者は夜間中学を守っていく義務があります」。大いに勇気づけられた。
参加者から様々な行動提起があった。スクラムを組んで次の行動に一歩を踏みだそう。このことを確認してこの日の総会を終えた。
[ 2014/06/02 16:15 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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