ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  鄭容順 >  奈良おんな物語《38》「奈良を拠点にフリー編集者・ライター、倉橋みどり」下:鄭容順

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

奈良おんな物語《38》「奈良を拠点にフリー編集者・ライター、倉橋みどり」下:鄭容順

「積み重ねたものから」
「あかい奈良」で積み重ねてきた人脈で仕事の要請、また以前「家庭画報」にも奈良のことを書いていることからいろいろな編集と執筆の仕事が入ってくる。



「古事記かるた」
奈良県が企画・編集して発行した「古事記かるた」、監修は坂本信幸、協力は奈良県国語教育研究会、2014年(平成26年)3月に発行された。
楽しく遊ぶ古事記のおはなし、「なら記紀・万葉 古事記かるた」の製作に倉橋みどりさんも参加した。今から1300年前に奈良でまとめられた『古事記』、そこに書かれてある物語や歌謡をもとに、わかりやすい言葉とイラストでかるたを作った。楽しく遊びながら、遠い昔に書かれた『古事記』の世界に親しむために作られた。
「絵札」を裏返して組み合わせると『古事記』の世界を描いた大きな1枚の絵になる「パズル」や他の遊び方もできるように工夫した。
その他にも奈良に関係するプロジェクトに参加して幅広く活動している。
万葉 古事記かるた発行

倉橋古事記カルタ1

倉橋古事記カルタ2

「著書出版」
編集の仕事をした体験はさらに広がっていく。
著書『北をみるひと―橋本多佳子論』(株)角川学芸出版発行(2013年3月)、
著書『―奈良大和路―祈りの回廊をゆく 奈良町・高畑界隈』企画・発行は飛鳥園(2013年9月発行)で文を担当している。
著書『北をみるひと―橋本多佳子論』のあとがきを一部抜粋。「橋本多佳子さんのことをまとめたいと思いたったのは平成11年(1999年)のことでした。翌年取材と併行し、当時所属していた『月刊ヘップパーン』誌に約2年間連載させていただいたのですが、その後、紆余曲折を経て、ようやく1冊にまとめることができました。感無量です」とある。
取材した橋本多佳子さんの四女、橋本美代子さんに橋本多佳子さんこと多く取材をした。これを機にフリーになった。
著書が「橋本多佳子の句帳」「結婚と伝説」「久女と多佳子」「多佳子と誓子」「海燕時代」「酷評と起爆剤」「戦時下の日々」「大きな転機」「天狗」「『七曜』創刊」「ふたりを結ぶ糸」「男の道と女ごころ」「『海彦』までの道」「旅の日々」「多佳子のバイタリテイ」「『命終』の日々」「俳人・多佳子」「人間・多佳子」などの26項目があり、他に橋本美代子さんらのインタビュー記事もある。A5版239ページ。定価3000円(税別)
もう1冊の著書は(株)飛鳥園から発刊した「―奈良大和路―祈りの回廊をゆく 奈良町・高畑界隈」は写真も多く掲載、B5版、定価は762円。表紙裏に書かれた言葉、「奈良では、『ありがたいものはみんなありがたい』という素直な祈りのこころが数え切れないほどの人々によって伝えられ、守られてきた。いま改めて、奈良は町全体が『祈りの回廊』なのだと称えたい」
紹介された神社仏閣は、元興寺(極楽坊)、元興寺(塔跡)、十輪院、御霊神社と奈良町の御霊信仰<御霊神社、井上神社、崇道天皇社>、鎮宅霊符神社、中将姫ゆかりの寺院<誕生寺、徳融寺、高林寺、安養寺>、璉城寺、まちなかに息づく信仰<率川地蔵、猿田彦神社、南市恵毘須神社、餅飯殿弁財天社・聖宝理源大師堂、庚申堂、月日神社、住吉神社(今辻町)など>、漢国神社、采女神社、浄教寺、率川神社、伝香寺、福地院、瑜伽神社、天神社、頭塔、不空院、新薬師寺、鏡神社、宅春日神社、白豪寺。

倉橋著書2

倉橋著書1

「俳句作家」
俳句は大学時代から作り始めた。5・7・5の世界にはまってしまった。対象をしっかり見て作る。俳句は編集作業に役立つこともある。「ポイントをつかみ、季節を感じて5・7・5にする俳句、挨拶の文学といわれます」と解説する倉橋みどりさん。
「俳人」としての活躍も長く俳人協会幹事。『七曜』同人。芦屋市立谷崎潤一郎記念館で「季語から始める俳句レッスン」を開講。

「NPO法人」
2012年11月、奈良の文化や歴史を特に近現代史を中心に編集・発信するために「NPO法人・文化創造アルカ」を立上げ活動を開始した。主に講演会などを行っている。

「これまでの編集」
『カハラのごちそうものがたり(森義文著書/フェリシモ出版)、『仏教シネマ』(釈徹宗・秋田光彦著/サンガ)、『高台寺物語』。共著に『知恩院散策記』(知恩院発行)など。

「企画」
2000年~2005年「おうちカフェ」、2012年5月14日「岩手の食を楽しむ」(リストランテ イルンガ×(株)秀吉)、2012年6月29日~7月1日、フェリシモしあわせの学校、「もっと、ずっと、きっと祭in奈良きたまち」(奈良きたまち一帯)、2012年10月27日、「後の月・十三夜を愛でる会」(踏花舎)、2012年10月30日、中西進氏講演会「古事記に見る 愛のかたち、恋のこころ。」(奈良ホテル)

「他の活動」
2004年から現在まで、読売新聞大阪本社広告局制作・関西のデパートでオススメ商品ビックアップする「行楽百貨」コーナーの取材。コーディネートを担当、フェリシモしあわせ学校の奈良分校世話役を務めている。

「筆者の言葉」
倉橋みどりさんの活動は新聞などで目にしていた。活動を目にしながらも奈良県をかけまわった筆者の雑誌記者時代と重なるものの筆者の活動は遠くの記憶になっていた。転職してからの仕事はさらに多く現場は多忙そのものだった。しかし2010年頃から仕事も少しずつ減らして奈良県に視点を向けて物の見方に変えていった。
それが2011年から始まったジャーナリスト・ネットで画面構築をしている「奈良おんな物語」となった。
以前、「志賀直哉旧居」に勤務する宗京容子さんを紹介したが宗京容子さんからの推薦で倉橋みどりさんと出会い、取材することになった。筆者が奈良県の雑誌「月刊奈良」編集局で編集者・雑誌記者をした仕事の量と比較にならないほどの「あかい奈良」の編集にかかわっておられた。これが縁で人脈の広さに驚き行動力にまた驚いていた。とても筆者は足元に及ばないと取材をするのに少し躊躇した。しかし素晴らしい編集者だからこそ宗京容子さんの推薦と考えて勇気を出してアトリエ「踏花舎」を訪ねた。緊張していた気持ちをほぐしてくれたのは2匹の猫のお出迎えだった。少し心がほぐれた。この演出がまたさすがと感心していた。古民家を改装した応接室、優しさがあふれていた。
話しを聞いていて共通するものが1つあった。奈良県内をかけまわった倉橋みどりさんも筆者も多くの人に助けられ、それが自分を養い磨きになった。陰日向に応援して下さる奈良の人たちの温かさだった。1度つないだ縁があった。筆者も雑誌記者時代にお世話になった人のことは忘れていない。また今も温かい微笑みがある。
取材をしている間、年輩と見る筆者を丁寧に応対して頂き時間はあっというまに過ぎていく。一見は普通の女性です。どこに秘めた情熱のエネルギーがあるのだろうかと探していた。話す内容は要点を把握して話して下さる。やはり編集者の才覚である。普通の常識人と編集者としての個性と感性、その時、その場に巡り合う中で発揮されているのだろうと思った。
「俳句作家」としての倉橋みどりさん。編集のポイントのつかみどころに大いに役に立っているという。この言葉に驚き倉橋みどりさんのこれまでの人生の歩みに何も無駄がないと思った。さらに今後、体験と感性と人脈そして温かい家族の中から新たな企画を生み出していかれるだろう。奈良県ではなくてはならない必要な人の存在になっていかれると確信をしている。
奈良まち界隈をさらに深く掘り下げて歴史に興味のない人でも振り向かせる魅力を持っておられることも依水園での講演会で気が付いた。そういえば思い出した。1年か2年前なのか。近鉄奈良駅、行基菩薩の噴水前で集合の旗を持って案内する人を迎えておられたのが倉橋みどりさんだった。若さあふれる行動力と笑顔が今も記憶の中にある。
またこのたび原稿の校正、多忙にもかかわらずご丁寧に校閲して頂きましたことに厚く御礼を申し上げます。

<写真説明>1・2、奈良県が発行した「なら記紀・万葉 古事記かるた」。3、著書「橋本多佳子」をまとめた「北をみるひと―橋本多佳子論」。4、著書「飛鳥園発行」の「奈良大和路―祈りの回廊」。

[ 2014/05/31 05:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。