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感想記 上 長編ドキュメンタリー『60万回のトライ』(監督:朴思柔、朴敦史、2014年):森類臣

森類臣(立命館大学コリア研究センター)

すでにいろいろなブログやHPで紹介されているが、あえてここでも紹介しようと思う。一人でも多くの人に見てほしい作品だからだ。

これは、大阪朝鮮高級学校(大阪朝高)ラグビー部の話である。高校生が、熱い思いをぶつけあい、仲間を信じて成長していくことを基軸に物語は展開される。

http://www.komapress.net/



「ひとりは皆のために、皆はひとりのために(One for all,All for one)」とはラグビーの精神を表現した有名な言葉だが(これが誤訳だという説もあるが、それについてはひとまず置いておく)、この映画の主人公たちは、まさにそれを愚直なまでに体現しようとする。しかし、映画の主人公たちはラグビー部員だけではない。むしろ在日朝鮮人コミュニティーそのものが主人公なのだ。

 私の友人の在日朝鮮人は、この作品をみてこのように感想を述べた。「僕は今まで、大阪朝高ラグビー部の公式試合を一度も欠かさず見に行ったので思い入れがハンパなくある。しかしそれだけじゃない。在日朝鮮人コミュニティーに育った僕にとっては、この作品はいわゆる “見る作品”じゃなかった。僕自身の日常生活がそこにあった。この作品は僕自身を撮ったものでもあると思う。在日朝鮮人を知らない人たちに是非この映画を見てほしい」。
 この友人の言葉には、リアリティーと説得力がある。

 物語はどちらかというと淡々と進むが、それでいて飽きない。なぜか。

 その理由の一つは、この作品が対象に対して妙な距離感を置いていないからだろう。距離を置くどころか監督と対象は密接しており、時に一体である。しかし私はそれでいいと思う。そもそもドキュメンタリーのみならず、ルポでも現場報告でも、人は自分の主観を通して物事を観察する。人は対象に対する問題意識や関心、特別な思いなどがあるからそれを自分なりに消化して表現しようとする。対象への距離の取り方は人それぞれあり、その匙加減がある意味で作品の個性ともなるわけだが、監督は距離をなくす方向を選んだ。自分の思いを最大限に挿入した。それがこの作品が持つ強みであり、個性である。
監督の思いや立場ははっきりしている。それが色濃く作品に投影されている。監督の目を通した在日朝鮮人コミュニティーのありようがリアルに映し出されている。監督の思いは時にあふれ出て、撮影中にボールにぶつかって倒れ込む自分自身の姿や、取材しながら選手のために涙を流し鼻水をすする音までそのまま作品に埋め込む。
かといって、作品が押しつけがましいかといえばそんなことは全くない。自然体である。5年間、在日朝鮮人コミュニティーの内部に深く入り込んで生活を共にしてきた監督にしか撮れない作品だ。

 監督は「私は初め韓国の記者として日本に来て在日朝鮮人のことを報道していた。しかし、そのうち癌におかされた。慣れない土地での闘病生活は相当辛かったが、その時に親身になって私の面倒を見てくれたのがウトロに住んでいる在日同胞の方々だった。病気で動けない私に、ご飯を作ってくれたり身の回りのことをしてくれたり、本当にありがたかった。最近、その在日同胞の方々を悲しませるニュースが相次いでいる。だから、お世話になった同胞の方々への恩返しの意味でこの映画を作ろうと思った」と試写会で述べた。これが監督の原点だ。

 この作品は、在日朝鮮人に関心のない日本人にも是非見てほしい映画だ。大阪朝高のラグビー部員の姿、支える教員や親、コミュニティーの人々、そしてラグビーを通して大阪朝高ラグビー部員と友情を深める日本人選手・・・その姿に感じるものが必ずあると思う。遠くの世界で起きていることではなく、私たち社会の内部で起こっている出来事を描いているのだから。

 熱く泥臭いスポーツの話かと思う方もいると思うが、私はそのようには思わなかった。同胞愛を越えた人間愛を感じた。とても優しいまなざしで在日朝鮮人社会を捉えていると感じた。ソウル出身の韓国人である朴思柔監督は、いわゆる“在日朝鮮人”ではない。その監督は、在日朝鮮人社会の中に自ら身を置き、そこで経験したこと・感じたことをこの作品を通して表現している。

「人間に優しい作品」―私はこの作品をそう総括したいと思う。

 ところで、なぜ「60万回」なのか。その意味はあえてここでは伏せておこう。映画を見ればその答えが分かる。是非劇場に足を運んでいただきたい。

 ◆コマプレスHPで『60万回のトライ』予告編等が見られます。
[ 2014/05/06 20:32 ] 森類臣 | TB(-) | CM(-)


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