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夜間中学その日その日 (351)     白井善吾

公立夜間中学の立ち位置(2)
教育現場を「識字学級型教育(A)」と「文部科学省がいう学校型教育(B)」に分け、夜間中学(C)の立ち位置を考えている。前回の続きだ。



(A)は解放運動・市民運動の担い手を念頭に置いているのに対し、(B)は「優等生」は政府や大企業に入る。そして(A)は孤立してきた人と人を結び、仲間をつくる。(B)は成績で序列化、人と人を引き裂く作用が働く。(A)は「連帯」であるのに対し、(B)は「競争」だ。新自由主義思想に基づく教育政策を見れば明らかだ。
 
学齢時どうして学べなかったのかその理由を考えるとき(A)は「学校や社会の仕組みに原因を探る」ことに対し、(B)は「その子の能力や努力のせいである」としている点でその違いは明確だ。
学齢時、自分が学べなかったのは親が怠け者で親の責任を果たさなかったからだとずっと思ってきた。しかし夜間中学で学び、学べなかった原因を考えたとき、決して親の責任だけではなく、その背景にある社会の仕組みの中に真の原因があることを知ることができた。「あの時の親の涙の意味がそうだったのかと初めて分かった」と述べた夜間中学生がいた。ここでクラス集団のつながりが生まれ、学校や社会の仕組み、そしてその変革に向けて夜間中学生は何ができるかという行動が生まれてくる。

(A)は一斉テストや通知票はないに対し、(B)はテストをし、通知票をつける。(A)は「民衆の教育」。すると(B)は「国家の教育」だ。(A)の具体例として被差別部落で行われている識字学級をはじめオモニハッキョ・自主夜間中学だ。これに対し(B)は残念ながら、学校教育(小学・中学校)がこの範疇に入る。最近はこの傾向がますます強くなっている。

ここで 公立夜間中学がどこに立ち位置があるかと考えると、公立夜間中学が学校型に陥る危険性はいつもある。夜間中学現場の教員は学校教育型の教育が身体に染みついた者ばかりである。しかし、夜間中学現場の“学び”は夜間中学生の実態に依拠したとき「学校型教育様式」では成立しない。
公立夜間中学が学校型に陥る危険性はいつもある。夜間中学現場の教員は学校教育型の教育が身体に染みついた者ばかりである。しかし、夜間中学現場の“学び”は夜間中学生の実態に依拠したとき「学校型教育様式」では成立しない。
[ 2014/04/23 05:23 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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