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夜間中学その日その日 (349)     白井善吾

夜間中学の学び
夜間中学に転勤したばかりの頃のプリントがでてきた。見ていると顔が赤くなる。これも、あれもと焦点が定まっていない。ここまで言ったらこのこともと盛りだくさんだ。何よりも授業者から学習者への知識の伝達の一方的な授業展開だ。


言い訳をすると、就学経験の有無、日本語の読み書き等でクラス編成をおこなっている夜間中学だ。学齢時の発達を想定して作られたカリキュラムを厳密に行っても意味をなさない実態だ。その中に検定済み教科書を持ち込んで、それに沿った展開を試みてもそれに適応できる対象者は極わずか、無理に進めようとすると、知識伝達型の授業となり、〝砂をかむ〟ような、一刻も早く退散したいとの思いになる授業となる。学習者は私の様な程度ではないであろう。頭では分かりながらも、この呪縛から自らを解放するのに私の場合、相当数の時間が要った。
こんなことがあった。水圧、気圧の説明をしていたときのことだ。一人の夜間中学生、私の説明に我慢できなかったのだろう。「私は海女です。この仕事で子どもを育ててきました」「済州島から始まり、対馬、九州、能登と日本各地の海に潜ってきました」と自らの体験を語り始めた。大きなおもりを腰につけ、一気に潜る。上から送られてくる空気パイプと合図を送る一本のロープを頼りに、一回潜ると6時間は潜ったまま、海底を横に移動しながら、体全体にかかる水圧を体感しながら、臨月近くまで潜りました。引き上げてもらう合図を送り、体を慣らしながら、ゆっくり上がってきたこと、水圧の変化に耐えられず、一度死にかけたことの体験をこのオモニはクラスの仲間に話した。別の夜間中学生は、軍隊で落下傘部隊の体験を話した。気圧の変化に耐えられず、一瞬気を失ってしまう。パラシュートを開くタイミングについても話した。この時は夜間中学生が先生だ。安心できるクラス集団の中だからこそ話すことができる中身だ。「今日はAさんが先生」「次の時間はBさんです」教員は突っ込みを入れ、引き出し、意味の定着を図る、そんな役割に徹する。
こんな展開に切り替えをすると、学習に活気がよみがえってきた。「教育」から「学習」に脱皮した。突っ込みは夜間中学生が入れ始める。そんなやりとりを背中で聞きながら、ポイントの発言を黒板に書く。次には、自分の考えを文字にしてそれを発表するように展開を変えていった。
2008年就学援助を廃止するとする方針が報道されたとき、当時の橋下知事に手紙を書こうと近畿夜間中学校生徒会が決めた。どのように書くか、クラス内で討論をし、疑問点を出し合い議論を重ねた。自らの考えをまとめて手紙に仕上げた。その手紙をつないで、守口夜間中学の署名文を起草した。「今度は先生の力は借りない。夜間中学生の力でやりあげる」強い決意があった(生徒会にはイラクに自衛隊派遣反対署名の時の苦い経験があるからだ)。
「学びは運動につながり 運動が学びを育てる」「奪い返す文字やコトバは、明日からの生活をかちとる知恵や武器となるものでなければならない。地域を変え、社会を変えていく力となる学び」を確認することができた。

「序列化や競争原理を前提とする学力観を超えた学び」が夜間中学にあることに気づいたのが夜間中学を訪問、夜間中学生といっしょに経験した小学生をはじめとする見学者であった。

「夜間中学の常識を学校文化の常識に」。増々その意味を増してきている。
[ 2014/04/08 09:26 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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