ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  夜間中学・白井 >  夜間中学その日その日 (348)   守口夜間中学  白井善吾

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

夜間中学その日その日 (348)   守口夜間中学  白井善吾

夜間中学から考えている学校
大学生6人が守口夜間中学を訪れた。2013年度の学習の最終日である。大阪の識字、夜間中学現場を学びたいとのことで東京、神奈川から来られたとのこと、この日も普段の夜間中学の学びを見ていただいた。


「生きるということ、学ぶということ、社会に対して声を挙げるということ、その三つが、同時に立ち上がっていく存在である夜間中学校を、目の当たりにして、目の醒める思いがいたしました」との感想だ。
前に報告した守口市立金田小学校6年生の手紙にも、自らの学びと比べながら夜間中学の学びをとても新鮮に感じ、うらやましく思い、面白い授業だとあった。
夜間中学生と一緒に体験したわずか1時間の授業で訪問者にこの様な感想を生み出す「夜間中学」「夜間中学生」について考えてみた。
結論を先に書くと、夜間中学の学習では、教え、教えられるものが固定せず、立場が逆転する展開が多く取られている。両者で学びを創りだしているということができる。そんな緩やかさが許される「場」・「空間」そして「同士」が存在できるからではないか。
数々の教育現場を取材した瀬川正仁さんのルポルタージュの中に沖縄の自主夜間中学「珊瑚舎スコーレ」の記事があった。雑誌『世界』(2011.12)に掲載され、のちに『教育の豊かさ 学校のチカラ――分かち合いの教室へ』(岩波書店)として出版されている。
学校についての記述をいくつか拾ってみた。夜間中学関係者でない眼から見た夜間中学として学校は次のように映ったのだ。

「学校は単に知識を詰め込む場ではなく、人生を豊かにするコミュニケーションの場である。違う考えを持った人たちとコミュニケーションができる場」
「学校とは本来、成績を競い合う場ではなく、知識を分かち合う場でなければならない。同じ境遇の仲間と出会い、心の奥にしまってきた苦しみを解き放つことができる」
「学校は単に生きる技術を身につける場ではなく、年齢を問わず人間としての誇りを持たせる場でもある」
「いまの日本の学校教育では、学びたい意欲を削ぐばかりか、手に入れた知識や知恵をより高い学歴を得る手段や金儲け、あるいは自己保身の道具としてしか使わない人間を育てているという現実がある」
「今の日本の学校は、中学は高校の予備校になっていて、高校は大学の予備校。そして大学は就職のための予備校になっている。何か変だ」
「ひとりひとりの持つ知識や知恵をよりよい社会づくりに役立てられないだろうか。そして、学校をそうした社会づくりの中核に出来ないだろうか」

首肯し、共感できる部分も多い。「学校」はそうありたい。確かな「学びの場」の一つとして夜間中学は存在することを確認した。訪問した子どもたちが展開する学びと、夜間中学生の繋がりも重要だ。次はどんな展開になっていくのか。夜間中学が開設40年経過した今も、この守口に存在する意義がそこにはあるのだ。
[ 2014/03/30 11:10 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。