ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  鄭容順 >  奈良おんな物語《35》「NPO法人・子どもの人権総合研究所理事長―白須洋子」中:鄭容順

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

奈良おんな物語《35》「NPO法人・子どもの人権総合研究所理事長―白須洋子」中:鄭容順

- 図書館活動 -
奈良市立鶴舞小学校で3年勤務した時、この学校で新しい考えをするPTAの保護者と出会い学校図書館の活動が始まった。


「PTAとは学校の援助機関ではない。同じ地域に住む同年代の子を持つ親の研修機関である」と保護者からこの定義を聞き納得した。
ベットタウンとなった奈良市学園前開発、様々な考えを持った保護者がおられPTAの会長を従来の町の名士から立候補制に切り替えたのも奈良市では最初だったと記憶している。ところが新しいPTAの姿勢を説くこの学校で、PTA会費以外に児童1人当たり、月30円(翌年から50円)の図書費を徴収していた。「教科書の無料配布」「義務教育での父母の負担金の軽減」を声高に叫んでいるPTAが、PTA会費以外に図書費を徴収しているのだ。
本来、図書費は学校予算として市の予算に組み込まれている。PTAのある役員さんに「言っていることとしていることが違うのではないですか」と話した。 すると、その返答は「運動というのは5年、10年続けてやっと行政の理解を得られるもの。4年生の我が子は3年経てば中学生になるのです。この3年間を無駄にできない。30円を12ヶ月で360円になります。これで1冊の本が買えます。1冊の本を学校に寄付することで読もうと思えば千冊を読むことができるのです。せっかく出来た図書館に本が少ししかないのは寂しい。保護者の願いなのです。小さい時から本は読まないといけないのです」と筋を通して話された。
千円未満の本は消耗品の中に入れられており、千円以上の本と全集は備品費となっていた。消耗品ではインク代や紙代に多く使われると、図書の購入に回るお金が少なくなってしまう。備品費は紛失したり傷んだりすると届けが必要で大変だった。新設図書館の蔵書はなかなか増えないと、保護者の説明に納得したものだった。


― 学校図書との関わり ―
奈良市立鶴舞小学校で関わった学校図書について著書より引用する。

白須洋子・著書

著書の奥付

― 鶴舞小学校と図書室② ―
児童数が千名を超えた鶴舞小学校では教室が足りず図書室は間仕切りして教室として使われ、児童から集めた図書費は学級文庫として本を購入、各教室に配られた。そのため図書係の先生は学年ごとに買って欲しい本の名前を提出するように言われた。子どもの時から本は好きだったが終戦を堺に児童書も変わって来ていた。長年、中学校勤務だった私の知識は不十分。そこで担任していた4年4組の子どもたちにどんな本が欲しいかたずねた。 翌日、遠藤信子さんというお母さんから便箋3枚びっしりのブックリストが送られてきた。作家名、出版社名、金額まで記入してある。それに石井桃子さん(児童文学作家・翻訳家)の「こどもの図書館」という本が1冊添えられていた。遠藤信子さんは札幌で当時全国で始まった家庭文庫に所属し近所の子どもたちに本の貸し出しをしておられたという。いろいろ教えてもらっていたある日、職員室に“日本子どもの本研究会”のポスターが貼られた。「夏休み中に熱海で1週間の宿泊講座」とある。たずねるとPTAが関係している。「私たちの貼ったポスターに先生が目を止めてくださった。こんなに嬉しいことはない。全額費用を出しますから子どもたちの為に行ってください。」と言われた。私は同僚と2人で参加することにした。
今では超一流の松居直氏、灰谷健次郎氏、古田足日氏、今江祥智氏らの講義で夜は膝をつき合わせての座談会。1週間の講義内容は真っ白な私の頭の中にスイスイとインプットされた。今から40年前のことだが私の図書館活動の始まりである。
石井桃子さんの『子どもの図書館』は、石井さん自身が自宅で近所の子どもたちに本の貸し出しをしたり、ある時には読み聞かせや折り紙などをして、公設図書館の少ないのを嘆くと共に“ポストの数ほど図書館を”というキャッチフレーズで、当時家にいた主婦に呼びかけられたこと。また自分の家での子どもの読書傾向を統計で表し戦前と違う子どもの好みをまとめて本にされたのである。
この呼びかけが家庭文庫・地域文庫が全国で産声を上げた基となったのである。4年4組で1番最初に読んだのが『エルマーのぼうけん』だった。

― 鶴舞小学校と図書館③ ―
この1文も著書より紹介。
ある日、図書室の先生から「白須先生の希望される本は図書係泣かせやわ。大きい本や小さい本、それに番号もうってないし整理しにくい」と言われた。図書室は外来者の会議や校内研修の部屋に使われ、整理整頓をきちんとしないといけないためそのように言われるのは当たり前と思った。しかし私は夏の研修で「本の大きさや色彩は作家が命がけで作っているもの。大きい、小さい、縦長、横長の本があることは当然のこと。全集のように型にはめると特に小さい子にはなじめない」と勉強して来ている。
先輩にも反抗も出来ず翌年から私が図書係をすることにした。次の年度には登美ヶ丘小学校が新設され子どもたちは分離していく。当然間仕切りをはずして図書室に戻ると思っていたら「また児童数が増えるかもしれないからこのままに」という教育委員会の意向。私は先生方に訴えた。「増えたらまた教室にしたらいい。1年でも2年でも図書室として使わせてほしい」と。校長先生は分かってくださり教育委員会も納得。その代わり図書係は各教室の本を集め整理しないといけない。私は奈良県立図書館に行き児童書の購入から本棚に並べるまでの正しい工程を教えてもらった。
① 分類の仕方②蔵書印の押し方③隠し印の押し方④ラベルの張り方など。図係
の師師はそれに習って1冊1冊を整理していった。
憩時間、給食の後、放課後、土曜日の午後、図書係は毎日休みなしの作業だった。そんなある日、保護者懇談の席で「先生がされている図書の整理の仕事、私たち保護者のも出来るでしょう。手伝わせてください」という申し出があった。職員会議で同意を得て分類の仕方、印の押し方、ラベルの貼り方、カードの書き方などを役員の方に伝達し、その人たちで当番を決めて常時何人か出てもらい、後の人は都合に合わせて出向き短い時間作業したり、家へ持って帰ってカードを複製するという具合だった。11月に6千冊の本を全部整理された。
ところが本棚がないと悩んでいると、「PTAで補正予算を組んで余っている項目のお金を集めました」と、壁面にずらりと本箱を入れてくださった。
次は児童の机、椅子、図書館用でなくてもいい、登美ヶ丘小へ行った子どもらのが余っている。それを入れようと思っていると教育委員会が当時として最先端のカラーの組み合わせ式の机を入れてくださった。
もう何も言うことはない。後は運営あるのみ。鶴舞小での4年、青和小に勤務しての5年。私は学校図書館の運営に関係したが、今全国各地で行われている図書館運営の足元にも及ばなかったと反省している。

<写真説明>1奈良新聞社から2008年に出版された著書「お子ちゃんが語る 生きるってすごい!!」、A5版230ページ建て。2著書の奥付。


[ 2014/02/27 05:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。