ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  常本一 >  「明日ママ」問題を考える:常本 一

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「明日ママ」問題を考える:常本 一

 冒頭のタイトルバック。哀愁を帯びた曲が流れるなか、子どもの手をつかんでいたお母さんの手が離れていく。「おい! 離すな! しっかりつかんでおけよ!」筆者の目頭はもう熱い。それほどセンシティブなテーマを扱っているテレビドラマ「明日ママ」が今、大きな批判を呼んでいる。

「明日ママ」とは現在、日本テレビ系列で毎水曜22時から1時間放映されている「明日、ママがいない」というタイトルの連続ドラマのことである。内容は孤児や様々な理由で親と離れ離れになった子どもたちが暮らす児童養護施設を舞台に、子どもたちが懸命に生きる姿を描いた物語。主演の子役たちの熱演もあり、第5話までの平均視聴率は13.5%と、この枠のドラマとしては合格点で注目度が高い。
 このドラマは、しかしながら、別の意味でも大変な注目を集めることとなった。初回の放送直後から、「ドラマは子どもたちを傷つける!」、「 施設に対する誤解や偏見を招く!」などの批判が轟々と巻き起こる。ドラマを見た施設の子の自傷行為も伝えられるなか、全国児童養護施設協議会などの複数の団体が内容の改善を申し入れ、ついには厚労省が調査を開始することに。
 特に、放送中止すら要請するなど強硬に抗議しているのが、いわゆる「赤ちゃんポスト」を設置する熊本市の慈恵病院である。その理由は主人公のあだ名が、親が育てられない子どもを匿名で受け入れる、「赤ちゃんポスト」に預けられていたところから「ポスト」と名づけられたという設定にある。それが実際の「ポスト」出身の子をどれだけ傷つけるか、考えてほしいというものである。
 実は、毎回注意深く見ていたはずの筆者は、その点を見過ごしていた。人の痛みはその人の立場になって想像し理解する、という鉄則を日頃から唱えている自分としては、「ポスト」に預けられるというあまりに特異な体験に、想像力が及ばなかったことを恥ずかしく思う。実際の現場でそのような子どもに多く接している方々の声を重く受け止めたい。
 筆者もこのドラマには大きな問題があると考える者の一人である。もちろん、放送の自由、表現の自由は最大限に保障されなければならないことはいうまでもない。しかし、筆者が見た範囲で、上記の問題を含めなくてもすでにその最大限を超えてしまっていると思うのが次のシーンである。
 ドラマの初回。施設の子どもたちは里親を見つけるため里親の家に行き、相性を確認することになる。その時の施設長の言葉。「お前たちはペットショップの犬と同じだ!」―。ここで筆者は引いてしまった。その後の子役たちの熱演にどれだけ涙を流そうとも。
 人間に一番大切なのは尊厳である。特に施設長は教育者であるはず。それなのに子どもたちを犬にたとえ、彼らの尊厳を貶めた。施設長にも言い分はあるだろう。ペットショップの犬のように振舞えば里親に気に入られるようになり、幸せになれる確率は高まる。
 しかし、教育は結果が全てではない。その昔、進学塾の講師が成績の落ちた生徒をゴキブリ呼ばわりしたことがあった。例えそれでその生徒が奮起し、いい大学に入ったとしても、それはしてはいけないのだ。なぜなら、その生徒に一生消えない心の傷を負わしてしまうかもしれないし、そういう教育を受けた者はそういう教育を繰り返すだろうから。
 もう一度言う。教育は結果オーライでは済まされない。そのプロセスにこそ教育の本質がある。人間の尊厳を貶めるようなことは教育とは無縁のこと。それは絶対、絶対、し・て・は・い・け・な・い・のだ。
 そもそも日本テレビには“前科”がある。「女王の教室」がそれである。詳しい説明も必要ないほど高視聴率を取り、今回と同じように世間を騒がせたドラマだったが、その時はむしろ支持する声のほうが多かったように記憶している。
 そのドラマの最終回。児童の人権など無視していた鬼教師が、児童たちを支配するための個人情報を、卒業おめでとうとの言葉とともに一つずつパソコンから消していくシーンがあった。それをもって本当はいい先生だった、だからドラマもよかったというのだろう。
 しかし、そこに至るまでにその鬼教師は反抗する児童を黙らせるため、クラスメートの前でその児童が最も触れられたくない秘密を暴くなど、人間の尊厳を保つことと正反対のことをやっている。何度も言うが、結果オーライに見えるから、では済まされないのだ。
 その時に、「女王の教室」の時にその点も含め、十分に批判されなかったことが今回の事件を引き起こしたともいえるのではないだろうか。かなりどぎつい表現・演出でも許される。むしろ批判されたほうが視聴率がアップする―。まさか「明日、スポンサーがいない」と揶揄される事態になるとは誰も予想できなかったのだろうから。
[ 2014/02/14 16:37 ] 常本一 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。