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ことしの一推し 「新聞と『昭和』」:片山通夫

 安倍政権が昨年の総選挙で成立して一年が経過した。この夏の参議院選でも安倍自民党は圧勝した。もう《怖いもの知らず》である。そんな折、「新聞と『昭和』」という本を読んだ。「朝日新聞 検証・昭和報道」取材班が書いたものを、文庫化されて今年の8月30日に発行されたものだ。



 かなりの長編で、1929年の世界恐慌の始まりから書かれている。そんな中、興味ある項目に出会ったのでその部分を紹介したい。ちょうど「特定秘密保護法」が成立し、政党が「翼賛化」してきている現状に似た時代の話だ。
(引用)
 1945(昭和20)年7月26日。
 ポツダム宣言が発表された。米英中3国の連名で、日本に幸福を迫っていた。日本時間27日午前5時過ぎ。日本政府は短波放送で宣言を知った。対応を練った結果、「意思表示をしないこととし・・・・ソ連の出方を見きわめた上、措置を決める」という考えで一致した。(外務省編『終戦史録』)。
 内閣担当記者たちは、内閣書記官長の迫水久常の定例会見で政府の対応を訊ねた。
同席した朝日新聞記者らの証言によると、
迫水「これを受諾するとかそういう態度はとれないんだ・・・だから結局まあ重要視しないっていうか(以下略)」
(引用終わり)

 この歯切れの悪い返答が、当時の、そして現在の政治家、官僚の姿を現している。
都合の悪いことを隠す、もしくは曖昧にするという《常套手段》は平成の今も確実に残っているというわけだ。もう一度、特定秘密法の成立過程を、国会答弁を思い起こしていただきたい。

結局、ポツダム宣言は《無視》された。しかし報道ではそうはならなかった。
「新聞と『昭和』」によると、
 ニューヨーク・タイムズは30日付で「鈴木首相は・・・『帝国政府に関する限り、この宣言には関心を払わない』と言明し、正式に拒否の刻印を押した」と報じた。勢津が曖昧な対応をしているうちに、報道は「黙殺」から「拒否」に独り歩きした。

 ニューヨーク・タイムズというアメリカの新聞は、「拒否」と端的に当時の政府の姿勢を報じたわけである。しかし我が国の政府や政党、報道機関は全て翼賛化し、批判は愚か疑問も呈しなかったようだ。この状況は危険であることは言うまでもない。安倍首相の「日本を取り戻す」はあの時代のことを指しているのかもしれない。安倍首相の祖父のDNAが確実に伝えられている。

 こう書いているあいだに、安倍首相が靖国神社へ参拝したというニュ-スが流れた。
韓国や中国の反発は決定的になりそうだ。果たして我が国の新聞をはじめとするマスコミは「事実を短く伝える」だけなのか、それとも「翼賛的に首相の行為を肯定」するのか、はたまた「中韓との関係などに悪影響を及ぼしかねない」と批判するのか・・・。
 少なくともその立ち位置を明確にすべきだ。少なくとも国民ひとりひとりが持つ情報よりも、圧倒的に多い情報を持っているはずなのだから。

 本題に戻ろう。「新聞と『昭和』」は、今のこの瞬間に読むべき書籍であり、今のこの瞬間を「あの時代」と比べることが我々には必要だ。
[ 2013/12/26 12:31 ] Web管理室 | TB(-) | CM(-)


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