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「語り継ぎ部(かたりつぎべ)」の方法論:常本 一

今、共産党が熱い! 東京都議選に続く参議院選の躍進によって、長く蚊帳の外だったのがウソのように注目を集めている。その原因の最たるものは対立軸にあるだろう。二大政党制を指向する小選挙区制度の日本にあって、自民党との対立軸を共産党以外のどの政党も明確には示せていないからだ。

 もちろん、自民党に比べ圧倒的に少数の議席しか持たない共産党の政策を対立軸と呼ぶことの是非はあるだろう。しかしながら憲法、特に9条の改定に関しては、その絶対護憲の立場は、国民世論の半数の声を背景にしているだけに、立派な対立軸となっている。
 そんな共産党の最近の変化を端的に示すある“事件”をご存知だろうか。「しんぶん赤旗」日曜版6月2日号に、かつての水と油の政敵、古賀 誠 元自民党幹事長のインタビュー記事が載ったのだ。そこで古賀 元幹事長は、自身の父親がフィリピンで戦死していることを明かし、憲法の平和主義を尊重する立場から共産党にエールを贈ったのである。
 「あの戦争を知る世代の責任」―。そう繰り返す自民党の大物政治家は実は古賀さんだけではなく、故 梶山静六、野中広務…、と枚挙に暇がない。共産党と主張・政策は異なっても、二度と戦争を起こしてはならないという想いにおいては寸分たがわない。そんな人たちの存在が戦後の日本の平和を支えてきたともいえるのだろう。
 反面そうであるなら…、と筆者には危機感が募る。そんな人たちがいなくなった時、日本の平和はどう守られるのだろう。その答えがあるとするならば、その時になれば、前回取り上げた、「語り継ぎ部」の人たちが存在感をみせはじめているはず、ということになるのかもしれない。
 さて、語り継ぎ部はどのように戦争を語り継いでいくのか。語り部ならただ話すだけでもその言葉には重みがある。しかし、語り継ぎ部の語りは伝聞だけにその点が弱い。その弱さは世代を経るごとに加速していくことは確実なのだ。
 そこで、語り継ぎ部に欠かせないものは“工夫”となる。今年の3月14日、平和博物館「ピースおおさか」にて「第1回語り継ぎ部育成のための交流会」が開かれたが、TBSや朝日、読売新聞などで報じられたため、ご記憶の方も多いのではないだろうか。
 その交流会で、企画を担当した筆者は、語り継ぎ部の方法論を提示したつもりである。交流会に招かれたのは大阪府下から選抜された語り継ぎ部たち。彼らは様々な方法、例えば朗読、紙芝居、音楽、演劇などを使った、語り継ぎの活動をデモンストレーションした。
すなわち、こういうことである。語り継ぎ部にとっての語り継ぎ活動とは、単に語り聞かせるだけでなく、何らかの工夫を凝らしたやり方を模索し実践していくこと。それこそが伝聞の弱さを克服するために有効な方法となるのではないだろうかということである。
もちろん、語り継ぎ活動に工夫を凝らす重要性は語り部にもいえることだろう。実際、ピースおおさかでは戦争体験のある世代も紙芝居を演じている。特に今の集中力に乏しい子ども世代には、長々とした語りだけでは飽きられてしまう恐れは十分なのだ。
そこで少し文脈は違うが、「子どもたちに共感を持たせる」という観点から、戦争を教えるコンテンツにおける工夫についていくつか方法論的に論じてみたい。子どもは共感を覚えれば必ず興味を持ってくるはずだからである。
1.子どもの目線に降りてみる
毎年、ピースおおさかを訪れる多くの小中学生。そこで彼らは戦争の悲惨さを学ぶことになるのだが、その感想には「あんな時代に生まれなくてよかった」という後ろ向きで非生産的なものも多い。つまりもう70年近く前のことなどは自分たちには関係ないというスタンスである。
それに対し、筆者は「もし君たちのおじいさん、おばあさんが小さい時に大阪大空襲で死んでしまっていたら、今の君たちはここに存在しないんだよ」と機会があれば話しかけるようにしていた。つまり今の君たちの命はずっとつながってきているのだから、と昔の戦争と現在の自分を関連づけて身近なものに感じさせようという工夫である。
また、戦争から本質を抽出し、その定義を「戦争とはあなたの愛する人・もの・こと がなくなること」というように広くとり、日常の目線で考えさせることも有効かもしれない。戦場で人が死ぬところなどは、TVや映画でしか見たことのない日本の子どもたちに戦争を想像させるためには必要な工夫だろう。
2.「戦争中の動物の犠牲」を教材にする
核家族化が進んでいる現在では、家に祖父母が同居していることも少なく、子どもが人の死に触れることもあまりない。そのような状況ではいきなり人が死ぬのが前提である戦争を語っても引かれてしまうことがある。そこで戦時中に犬、猫が供出されて毛皮にされた事実などを教えると、ペットブームの今、子どもの共感を得やすい。子どもはそれをきっかけに、今度は戦争に対して素直に感情を向けるようになるだろう。
3.「学童疎開」を教材にする
現在行われているものの、子どもたちを観察していると、やはり焼夷弾が落ちてくる空襲の話に比べると食いつきが弱い。しかし教材としての学童疎開は、自分たちと同じ子どもが被害者であったことや、いじめなどの実態を語ることにより、子どもたちに共感を起こさせる点では強みを持っているといえよう。
4.「戦争遺跡」を教材にする
戦争の証言は「知識」と「想い」に分かれる。「知識」の伝承については比較的やりやすいが、その時にどんなに怖かった、悲しかった、辛かったという「想い」は未体験者には伝えにくい。それこそがまさに語り継ぎ部にとっての試練なのだが、その点、当時の姿を今に残している戦争関連の遺跡は、そこにあるだけで「語り部」の迫力をかもしだし、子どもたちに訴えかけることができる。適切に保存され、ガイドがなされれば、フィールドミュージアムともなるだろう。もちろん、後世にまで残り続ける戦争遺跡はそれ自身、究極の語り継ぎ部なのかもしれないのだが。

[ 2013/11/14 15:22 ] 常本一 | TB(-) | CM(-)


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