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夜間中学その日その日 (324)   拳通信編集委員会

守口夜間中学開設40周年記念公開授業開催
普段の夜間中学の授業を多くの人たちに見ていただこう。そして夜間中学の〝学び“と昼の子どもたち対象の授業とどこが同じで、どこが異なるのか?みんなで考えようと公開授業を開催した。2013年11月8日(金)午後5時過ぎ、守口夜間中学に府会議員、教育関係者、卒業生、報道関係者の50人近い人々の参加があった。

授業参観と、夜間中学生との対話交流がこの日のメニューだ。あわせて、廊下に掲示している掲示物や美術、習字、陶芸の作品、そして2日に行った記念の集いに掲示できなかった共同作品も展示した。また守口夜間中学生の活動を取材報道した守口夜間中学のテレビ番組を放映した。
80分の授業参観の後視聴覚室で対話集会を開いた。夜間中学生の知恵と多くの人たちの支援と協力で実施している週3回の自力補食給食を食していただいて、集会を始めた。この日も参加した髙野雅夫さんからは夜間中学生活動支援の一環として夜間中学が出版している書籍の普及活動への協力を訴える発言もあった。
在日朝鮮人のチョジャさんは夜間中学にたどり着く自分史を語り「『これからはお母さんのしたいことをすればいいよ』と言われて、夜間中学に入学した」。共同作品『夜間中学あいうえお歌』に入っている「好きなこと やってみたらと 娘の声」で発表を終えた。
タカシさんは自分史と父のことを語った。夜間中学の学びを通して、父の人生を見つめ、父に対する見方が変わっていったことを語りかける発表であった。「赤紙一枚で人の生死や、生き方までも決めてしまう戦争を憎みます。私は、生前の父に会いたかった」と発表をまとめた。
中国残留婦人2世のハイジュンさんは中国の生活、引揚帰国をして夜間中学にたどり着く12年間の生活を話した。「仕事をしてきたので、話すことは少しできますが、書くことはむずかしいです。あわてず勉強を続けていきます」。
この3人の発表の後、参加者からの質問に答えてこの9月入学した2名の夜間中学生がマイクを持った。生い立ちを語り、居住市の広報で守口に夜間中学があることを知り、「70歳の年齢でも入学できますかと電話して」入学したこと「入学して楽しく学んでいる」「11月2日の40周年記念の集いは大変感動した」と発表した。
限られた時間の交流であったが、夜間中学生であることを「誇り」に、笑顔を絶やさず交流会に臨んだ夜間中学生の態度が印象に残った。
寄せられた感想を紹介する。
「人間だれしも、歴史の中で生きていますが夜間中学生の皆さんの姿を見て正に〝歴史の中で生きる人間“の感を強く感じました。またこのような学びに対して手厚く支援、保障すべきだとも感じました。多くの人が、若者が夜間中学生の皆さんの姿に接し、学ぶべきものを得るべきだとも思います」(府立高校教員)
「こちらへ伺うまで夜間中学についてあまりよくわかって居らず、その分生徒の皆さんの学びへの貪欲さに息詰まる思いでした。ご自分の意思に関係なく、学ぶ権利を奪われた歴史に胸が熱くなり、現在子どもたちに学びを伝える立場の人間として、自分の責任の大きさを再認識しました」(小学校教員)
「本日は素晴らしい時間をありがとうございました。私としては〝衝撃“の連続でした。夜間中学の存在は知っていても生徒の皆さんの教育に対する思いまで知らなかったからです。定時制の若い生徒たちに皆さんの思いを伝えたいと思います。‥」(定時制高校教員)

守口夜間中学の取材報道が新聞に掲載された(2013/11/9産経新聞夕刊)。「世代超え学び合う」「守口第三中 夜間学級併設の一貫校に」「72歳生徒会長『地域の拠点目指す』。64ポイントの活字が縦に8文字、写真入りの記事である。
夜間中学の存在意義と2016年春に開校する6歳から80歳代の人たちが学ぶ小中統合校に向けた意義を伝える記事だ。
[ 2013/11/11 07:23 ] 夜間中学・白井 | TB(-) | CM(-)


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