ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  寄稿 >  夜間中学その日その日 (322)   拳通信編集委員会

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

夜間中学その日その日 (322)   拳通信編集委員会

守口夜間中学開設40周年記念の集いを開催した。2013年11月2日、関係者220人の参加があった。会場の夜間中学体育館4面を飾る16枚の共同作品の文字とコトバが参加者を出迎えている。午後6時、開会を告げる夜間中学生の声がマイクから流れた。主役は夜間中学生。司会進行、すべて夜間中学生がおこなった。

教育委員会、教職員組合から挨拶を受けた後、映像による「40年のあゆみ」、劇『つなごう 春日の灯、さつき学園へ』、中国「秧歌舞」、朝鮮「アリラン歌と踊り」、日本「守口囃子」の代表的な歌や踊りを夜間中学生は発表した。
参加者に夜間中学で取り組んだこと「夜間中学で学ぶことの意味」「夜間中学が存在する意義」を夜間中学生自身が演じ発表した。東京から駆けつけた髙野雅夫さんから意見を聞くことになっているのだ。
この日を迎えるまで、本当にいろいろなことがあった。夜間中学のあゆみを教材に学習を進めてきた。そして夜間中学生の考えや意見を最優先に、約1年の時間をかけ、授業や行事、生徒会活動の中で書き記した夜間中学生の文字やコトバを編みながら少しずつ組み立てていった。開設当時の先生を招いて学習を進めることも夜間中学生は取り組んだ。組み立てては修正を加え、その全容が明らかになって来た時は9月を迎えていた。やったこともない踊りや、楽器・チャンゴの練習も加わってきた。ひとつひとつ克服しながら進めてきた(まだ解決できていない事柄もある)。全員そろって通しで練習できたのは1日前の11月1日であった。
立って踊ることのできない夜間中学生は椅子に座って、両手に持ったバチを打ち合わせて音をだし守口囃子のリズムを刻んでいる。秧歌舞の衣装を身につけ、太鼓のリズムに合わせ扇子や体を動かしながら豊作を祝う中国東北地方の農民の踊りに、華南出身の夜間中学生もリズムが合ってきた。しかし当日はどうなるか、担当の教員の心配は尽きなかった。
しかしこれら心配は杞憂であった。〝本番に強い″夜間中学生はこれらを見事に発表、報告することができた。
入学して先輩の取り組みに参加し、少しずつ見聞きしながら学び、実践をする。それを後輩に伝えていくその繰り返しが40年の守口夜間中学のあゆみであった。
「私の宝物です」、2002年7月韓国を訪問、安養市民大学を訪れ、髙野雅夫さんの出版記念会に参加したことを報ずる新聞記事と栞を持参した卒業生もあった。髙野雅夫さんに送った寄せ書きが会場に掲示されていますと伝えると足早に会場に向かわれた。
ある卒業生は「ここは私の書いた文字です」懐かしい作品の前で、夜間中学卒業生が話している。舞台の合間、小走りにやってきて「この雰囲気大好きです。できないことですけど、もう一度ここで勉強したいです」と笑顔でこのように話し自席に戻っていった。
集いの様子を詳しく報告していく予定であるが、寄せられた参加者の「一口感想」を3つ紹介する。
「お話を聴けば聴くほどこみあげてくる涙にハンカチを化粧で汚してしまいました。学ぶことは何なのか、学校とは何なのか、今一度考えて、明日から生徒と接していきたいと感じています。本日は本当にありがとうございました」(定時制高校教員)
「学ぶことで皆様が活き活きと生活されている。北河内で唯一の夜間中学です。永久に続いてほしいです。スライドを見て感動しました。先人の闘いを知りました!!」(市会議員)
「40周年おめでとうございます。生徒さんによる進行がすばらしい集いでした。大阪の教育改革の荒波に夜間中学の存続の危機を迎えていますが、夜中生一人一人が行動の主体者です。存続に向けて共に運動したいと思います。 音響設備が残念でした。予算をあげてください」(匿名)
[ 2013/11/04 08:25 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。