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奈良おんな物語《33》「奈良町からくりおもちゃ館館長・安田真紀子」中:鄭容順

「復元から教わり見えてきたもの」
安田真紀子さんは「復元にかかわって江戸時代の生活文化が見えてきた」と話した。


『江戸時代後期は庶民の経済も時間的にも余裕がありました。余暇を楽しんだのです。お弁当を持って花見や芝居見物に行きました。そして旅にも出かけました。食べたいものも食べに行きました。庶民がゆとりの中からいろいろな仕掛けを考えたのです。よく知られている「茶運び人形」は大人が仕掛けて考えたのです。江戸時代の人のからくりに「知恵」がありました。現代人は知識がありますが江戸時代の人たちは「知恵」と「工夫」がありました。いろんなことをよく知っていたのです。特に自然とは近く、竹や木が生活の中にありました。自然の生物に見識が深く、たとえば木にしても桐は軽い。桐は木の中で1番軽いです。江戸時代の人はこのこともよく知っていました。回転したりひっくり返したりするものに桐を使いました。硬いと重いのでできません。また木が磨り減ってはいけない物には欅や紫檀、黒檀を使いました。素材の特徴を最大限に引き出して使っていたのです。
生活の中で自然を分っていました。毎日、観察していました。
竹にしても真竹、淡竹、孟宗竹と使い分けをしていました。弾力の必要なもの、真直ぐで太さがないもの。使っていると分るということは生活の中に自然があったのです。風を動力にしたおもちゃもつくりました』

ねずみとはしごで遊ぶ

のぼり猿

木ひき人形

さや絵

「技術立国の基礎」
復元した「からくりおもちゃ」を動力源で分類をした。時期的にも分類をした。
江戸時代の中期以降から庶民がからくりの仕掛けを考え出した。
後期になると庶民にゆとりがあった。後期の「からくりおもちゃ」の種類は高度になって、江戸時代の後期は日本独自の技術が発展してきた。
それが「和時計」や「蒸気機関車」である。
安田真紀子さんは「江戸時代のからくりは手間を惜しみませんでした。日本人の手間を惜しまないという細かい手仕事が今日の『技術立国』の礎につながっています」と話す。
その1つに「座敷からくり」がある。ぜんまいを使ってのからくり、お茶を運ぶからくり人形、またぜんまいを使っての「和時計」も武家の間でもてはやされた。
そのからくり人形の1つ「茶運び人形」は「からくり儀右衛門」、東芝の創業者田中久重さん(1799年~1881年)、芝浦工業所を作った東芝のもとの人です。久留米市出身の発明家、「からくり儀右衛門」との異名が持つ久重は久留米市通町の鼈甲(べっこう)細工職人の家に生まれた。幼少のころから発明に没頭し、20代でもからくり人形の興行を始めて各地で評判を呼んだ。
30代で大阪や京都に住まいを移して画期的な「懐中燭台」や「無尽灯」など発明。50歳過ぎてから西洋の科学技術を学び、佐賀藩と久留米藩に招かれ蒸気車やボイラー、洋式大砲、小銃などの製造に関わった。
明治維新後は東京で電信機や電気機械の製作に取り組んだ。後にこれが東芝に発展している。
田中久重の詳細はインターネットのホームページ
田中久重

「復元したからくりおもちゃをどうするのか」
鎌田道隆教授と一緒に学生たちが江戸時代の「からくりおもちゃ」を25年以上かけて復元した。これは大学の資料室に置かれたままでいた。
大学の学園祭や夏休みに、復元したからくりおもちゃを公開したり、作り方の講座を開いたりしてきたが、より多くの人にからくりおもちゃの魅力や昔の人々の知恵や工夫の素晴らしさを知ってほしいという思いから、鎌田道隆氏の退官を機に、復元した「からくりおもちゃ」を奈良市に寄贈することにした。
大人も魅了した再現した江戸時代の「からくりおもちゃ」、奈良という風土、歴史が連綿と伝わる奈良で「からくりおもちゃ」を保存・活用することがふさわしいと考えて精力的に普及活動をされた。

江都二色絵

江都二色パネルの奥付

「NPO法人・からくりおもちゃ塾奈良町」
奈良市陰陽町、奈良町界隈で近くには音声館や旧家が建ち並び、元興寺にも近く奈良町物語館、奈良町資料館も近くにある。近年は外国人も多く訪れる人気のエリアだ。
江戸時代の「からくりおもちゃ」の活用を通じて、広く地域に貢献すべく、2011年にNPO法人を立ち上げた。法人化して「からくりおもちゃ」を伝えていく。「からくりおもちゃ」を伝承して人材を育成していく。NPO法人にすることで、江戸時代の「からくりおもちゃ」を修復して教えていく講座もできる。小さい子どもたちとイベントもして地域交流もできる。NPO法人にすることで出張講座もできる。要望があれば博物館や公民館にも行くことができる。子どもたちと保護者との文化的交流事業になっていく。
NPO法人にして会員は、この事業に賛同する人約60人が集まった。入会金は3000円、年会費3000円。会員は男性の方が多い。事務局長は林啓文さん。「奈良町からくりおもちゃ館」のスタッフは現在25人、受付や案内を交替で行なっている。
土・日は子どもと一緒に訪れる保護者が多く、子どもたちは昔のおもちゃに触れて楽しんでいる。「奈良町からくりおもちゃ館」は、奈良市の指定管理者制度により、「NPO法人からくりおもちゃ塾奈良町」が運営をしている。建物やからくりおもちゃは奈良市に寄贈されたものなので奈良市所蔵になる。

「奈良町からくりおもちゃ館の特徴」
この施設で遊ぶからくりおもちゃは、すべて実際に触れて遊ぶことができる。使って触って壊しても修復することが出来る。奈良大学の学生たちが研究して調査して文献から復元してきたことで壊しても修復できるので手で触って使ってもらうことである。
使って手触りを分って楽しんでもらう。
多くの博物館の展示では、見ることが出来ても触ることができない。しかし「奈良町からくりおもちゃ館」は見て遊んでからくりの仕掛けを知ることになる。他にない施設、「奈良町からくりおもちゃ館」です。
使って触って遊ぶことができる。

「からくりおもちゃの復元にあたって」
「奈良からくりおもちゃ館」を通して自然を素材にした手作りおもちゃに興味を持ってもらうこと。
江戸時代のおもちゃは壊れやすく現物が残っていなかった。江戸時代は庶民文化が開化した時代、浮世絵の江戸時代。
江戸時代から長い時を経て時代の移り変わりで自分たちでおもちゃを作ることをしなくなった。子どもたちに温もりのある江戸時代のおもちゃを作ってほしいと考えて復元を行いデータを収集した。だから子どもたちが使って触って壊してもまた作ることができる。
安田真紀子さんのお気に入りの「からくりおもちゃ」は「御来迎(ごらいごう)」という。阿弥陀様は人が亡くなると極楽浄土に導くという浄土思想から生まれた「からくりおもちゃ」です。
江戸時代は生活の中で仏教的な行事でもあった。奈良町に庚申さんがあるように、京都には地蔵があるように生活の中にあった。地域の生活が一般的でおもちゃの題材になった。
安田真紀子さんのもう1つのお気に入りは「猫と鼠(ねずみ)」、猫が鼠を追いかける仕掛けになっている。

「学生たちのもう1つの活動」
「からくりおもちゃ」を復元して江戸時代の文化や生活を調べて知っていく中でもう1つ、「実験歴史学」として鎌田道隆教授は「伊勢参りの旅」を企画、奈良から伊勢まで、江戸時代の旅を復元した。鎌田道隆教授は現代の学生たちの知識や体感に危機感を持ったのが始まりで、学生たちの「共同研究」として伊勢参りの再現を行なった。
まずは伊勢への旧街道を正確に辿ること。昔の人と同じように1日8里程度歩くこと。わらじ、菅笠、着物、杖など旅のスタイルもなるべく近づけることにした。これまで25回の旅で様々なことを発見した。歴史街道はきわめて人間的な道、曲がりくねって村から村を訪ねるように作られている。旅人は人々の助けがあって、はじめて長い旅を続けられたこと。人と人の交流で地域の情報交換になった。
街道はふれあいの場だった。文化や経済、情報をもたらす道筋でもあった。多くの人が歩くことで得た人間的な知恵や優しさを発見、乗物に乗っての伊勢参りと違って見えないものが歩くことで学生たちは発見していった。

「安田真紀子さんの歩いて伊勢参りの体験の談話」
『汗水たらして体感的に学ぶのです。1日10里歩くことは大変です。40キロメートルです。江戸時代を実践して学ぶ学習です。今の学生から見ると想像もつかない距離を歩きます。江戸時代の人と同じことをしてみるのです。江戸時代のおもちゃを復元するのも同じことです。
「伊勢参り」は江戸時代の人々とほぼ同じ行程を、毎年4泊5日で歩いていく。4日目に伊勢神宮の外宮前に着くのです。
江戸時代の人が歩いた山道を歩く。峠を越えて泊まる宿は、江戸時代宿場だった集落に何軒か残っています。
わらじを履いてどれほど歩けるのかと調査をしました。足にまめ肉刺ができる。さまざまなことをデータに残しました。どこが違うのか。
わらじはどれだけ保つことが出来るのか。アスファルトの道もあります。1日目で肉刺ができてわらじは1日で駄目になりました。他に景観調査をしてデータに残しました』

筆者は「伊勢街道を歩く体験」の話に時代劇を見ているようだ。
時代劇にはお茶屋さんがあって様々な商人たちの家が建ち並ぶ。こんな平和な江戸時代に事件がおきるはずがないと思うが時代劇では必ず悪人がいてそれを戒める人もでてくる。人間社会の地域での暮らしの礎が見えてくる。
時代劇も何かを教えているようだ。そんな気持ちにさせてしまう「からくりおもちゃ」です。

<写真説明>1、男性が童心にかえって夢中になって遊んでいる「はしごねずみ」。2、「のぼり猿」。3、「木ひき人形」。4、「さや絵」、刀の鞘に映し出して見る絵、オランダ人が伝えたもの、横にひらたく描き、それを蝋(ろう)塗りなどの鞘に映すと初めて、形の正しい絵に見えるもの。江戸中期に流行。5・6、江都二色パネルとその奥付。1~5は復元されたからくりおもちゃと絵画、2013年5月4日、大型連休の合間に訪問したときに撮影したもの、大勢の大人が子どもや孫を連れて訪れていた。
[ 2013/10/31 08:04 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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