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大阪・西成で弁護士活動をしている遠藤比呂通さんについて(東京新聞)

大阪・西成で弁護士活動をしている遠藤比呂通さんについて東京新聞の記事が目にとまりました。遠藤さんは、沖浦和光さん(桃山学院大学名誉教授)を囲む「沖浦会」の仲間です。とてもいい記事です。
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「本当の人権とは、その本に書いてあることを実際にやってみた人たちの記録だと思う」

弱い立場の人に寄り添えぬ社会  東京新聞より

平成25年 6月30日 あの人に迫る

遠藤 比呂通 弁護士 
えんどう・ひろみち
1960年(昭和35)年山梨県生まれ。東京大法学部卒業後、同学部助手を経て、87年に東北大助教授(憲法学)。96年に辞職し、大阪市西成区に移り住む。97年に弁護士登録。98年、西成区に西成法律事務所を開業した。日雇い労働者らの法律相談なども手掛ける。関西大法科大学院の非常勤講師も務める。 著書は「市民と憲法訴訟」(信山社)「不平等の謎」(法律文化社)「人権という幻」(勁草書房)など。奥平康弘氏ら編著「改憲の何が問題か」(岩波書店)では「改憲の条件となる民主主義がまったく備わっていない」として、改憲に反対している。

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大阪市西成区の釜ヶ崎で、日雇い労働者の支援を続ける弁護士の遠藤比呂通さん(五三)は、憲法学者から転身した。見えてきた人権とは「個人の尊厳を踏みにじられた釜ヶ崎のおじさんたちが権力と闘ってきた記録だ」と言う。弱者が生きづらい現代を「憲法が病んでいる」と警告する。(加藤隆士)本当の人権とは、その本に書いてあることを実際にやってみた人たちの記録だと思う。


ー釜ヶ崎で弁護士をしていて何を感じますか。
 憲法が非常に病み、死にそうになっている。参院選を前にして憲法改正が議論になっているが、本当の憲法の病理は憲法改正ではない。憲法が守られていないことにある。
例えば私が釜ヶ崎で事務所を開業した一九九八年のこと。事務所近くの大阪市立中学校に隣接する歩道でテントを張って生活している野宿者たちがいた。大阪市はその野宿者八十人を強制的に排除した。それも寒い十二月末に。高齢の人や病気持ちの人も多く、テントがあってもしんどい生活をしているのに、追い払った。それで結核にかかって亡くなった人も出てきた。私は相談に来た野宿者たちを原告にして、強制立ち退きの違法
性を訴える裁判を起こした。

ー何を主張しましたか。
 憲法は最低限の義務として排除したあとの行き先、住居を保証することを課す。そこを主張し、原告の野宿者の男性にも「お兄さんとやっていた飲食店が倒産し、家に居づらくなって大阪に出てきた」と、野宿者になってしまった経緯を語ってもらった。
しかし、負けた。裁判所にはまったく聞く耳を持ってもらえなかった。裁判所が憲法を守るならば、原告の野宿者には排除された後、住居が用意されなければならなかった。実際は放り出されただけだった。裁判所は憲法をまったく無視した。

ーほかにはどんな事件がありましたか。
 日雇い労働者は定まった住所を持っていないことが普通です。そこで釜ヶ崎解放会館という施設を住所として登録し、失業手当を受け取るために必要な手帳の交付を受け、選挙権も持っていた。しかし大阪市は二〇〇七年、労働者二千人以上に対しこの住民登録を一斉に削除する暴挙に出た。それで労働者たちは手帳も選挙権も奪われた。これは主権者が主権を行使する機会を奪われたということで、重大な問題だ。憲法改正を問題に
する前に、この問題を政治家はなんとかしないといけない。私は今年三月十一日、橋下徹大阪市長に、住民登録を奪われた野宿者たちが住民登録できるよう、早急に措置を取るべきだと請願した

ーいずれも厳しい闘いですが、闘う意味はどこにあるのですか。
 闘うことによって初めて、どうして負けたのか、当事者の声のどこが無視されたのか、そこがはっきりするのです。例えばテント生活をしている野宿者のおじさんたち。そんな当事者の置かれている境遇は裁判官個人には分かってもらえたはずだ。

ーでは、なぜ負けるのかというと、裁判官も官僚として判断を縛られてしまっているからです。裁判官は本来、権力を縛る憲法に従い権力から市民を守らなければならない。憲法は、国家権力から個人を守るために人権を定めている。しかし現実には裁判官が官僚として権力側に立ってしまい、人権を無視する。それば最大の憲法の病理だ。

ー遠藤さんは弁護士の前は憲法学者でした。
 もともとは、ノンポリで、実践派の憲法学者ではなかった。釜ヶ崎という日雇い労働者のまちが大阪のど真ん中にあることすら知らなかった。それが東北大の助教授だった一九九五年夏、大阪で人権集会に参加し、そこで釜ヶ崎で日雇い労働者の支援をしているメンバーに出会った。その人に半ば強引に誘われ、釜ヶ崎に連れて行かれた。そこで「大学で憲法を教えています」と自己紹介すると、一人の労働者に「日本に憲法はあるんか」「学生にどう説明するんだ」と責められ、返す言葉がなかった。

 もう一度、その年の冬、学生たちと釜ヶ崎に来た。そのとき、目の上に、青いたんこぶをつくった労働者が「八万円奪われた。警察に行っても相手にしてくれん」と駆け込んできた。そこで、一緒に警察署に向かうと、数百人の労働者が集まってきた。これに対し警察は機動隊を出してきて騒然とした。私は前に出て「警察は労働者を守れ」と叫んだ。
 
 釜ヶ崎では憲法で保障された当たり前の人間としての権利、人権が守られていない。私は、特権の与えられた大学で憲法を学ぶのではなく、その人たちに憲法が保障されて初めて日本全体で憲法が保障されたといえるような、最も虐げられている人から学ぼうと思った。それで九六年九月、大学を辞めて釜ヶ崎に来たのです。

ーこれまでどんな苦労がありましたか。
 弁護士は技術者です。私は司法試験に受かったのではなく、大学院で五年以上、法律を教えていたために与えられる資格で弁護士を始めた。だから最初、技術がなかった。一年間は別の弁護士事務所で働かせてもらったが、そのとき「あんた、学者をやっていたかもしれないが、そんなの弁護士には何の役にも立たないよ」と言われた。
 大学の先生は学生相手にしゃべっていればいい。相手が分かろうが、分かるまいが関係なかった。それが弁護士は違う。裁判官の立場や当事者の立場に立たないといけない。

ー日雇い労働者はどんな人たちですか。
 小便臭いとか、酒臭いとか言われるが、私は一切、哀れみの目で見ない。敬意を持っている。弁護士になる前、四十日間、日雇いの鉄筋工をやった。釜ヶ崎の日雇いのおじさんたちは、正社員で雇われている若い人たちよりも技術的にはずっと上手。おじさんたちは若い人たちより早く割り立てられた工事を終える。それでもやっているふりをして、若い人たちが終わるのを待っている。そうして若い人たちを立てる。でも昼休みに必ずパチンコをする。日雇いの仕事はするがサラリーマンの気質はない。だから日雇いをしているんだけれど。

ー弁護士に転身されて、学んだ人権とは何ですか。
 学者のときは、人権をロックとか、ルソーとかの本で勉強した。それが無駄とは言わない。でも本当の人権とは、その本に書いてあることを実際にやってみた人たちの記録だと思う。釜ヶ崎のおじさんは人権という言葉は使わないかもしれない。女性問題や家庭内暴力を起こして刑務所に入ったり、逃げてきた人かもしれない。でも、そういう人たちがおかしいじゃないかと言って、闘ったときに人権がある。

ー生活保護受給者ら、弱い立場の人たちに対する厳しい見方が強まっています。
 人の痛みを共有できない世の中が差別を助長している。兵庫県小野市はパチンコなどギャンブルで浪費する受給者を見つけたら、市民が通報するよう求める条例をつくった。憤りを感じる。パチンコをしてはいけないのか。生活保護は憲法二五条で保障された生存権だ。生活保護は憲法上の権利に基づいて、必要な人が受給している。その人がどんなことをしようと本人の自由。監視すること自体が差別につながる。

* インタビューを終えて

 私が大学法学部に在学中、突然、憲法の先生が辞めた。それが遠藤さんだった。特別親しかったわけではなく、当時の私はおそらく、「せっかくの地位を捨てて、もったいないなあ」ぐらいに軽く考えていたのだろう。以来、遠藤先生の存在を忘れていた。それが十数年後、ふと見た新聞の書評で著書が紹介され、遠藤さんが釜ヶ崎で弁護士をしていることを知った。ぜひ、話を聞きたかった。遠藤さんは弱い立場の人に寄り添えない世の中に、目を赤くしながら憤っていた。聞いていた私も胸が熱くなった。この気持ちが新聞記者の原点なんだと肝に銘じた。
[ 2013/10/28 23:22 ] 池田知隆 | TB(-) | CM(-)


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