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夜間中学その日その日 (318)   守口夜間中学 白井善吾

ヘイトスピーチ
「守口の夜間中学がなかったら、私も先生もみんなとも、知り合うことはなかったんですね」。一人の夜間中学生がこのように話した。2013年10月3日、理科の時間の出来事だ。ルーペで石の表面を観察しているときの発言であった。授業の流れとは全く関係のない発言だ。この夜間中学生の頭を去来していたのは何なのか?その発言の意図は?と考えている時、すぐに反応したのは隣に座っていた夜間中学生。「髙野さんがいなければ、あんたともここで一緒に勉強することもなかった」。


「(守口の夜間中学)40年もよう、続いてきたぁ」そんな発言のあった後、「40年前いううたら、何をしていました?」と尋ねた。「ちょうど九州から大阪に出てきた時です」「1日、2万円もらっていたときです。仕事も注文に追い付かず、一番ええ時でした」と目を細めて答えた。「もっと早よう、来とったらよかった」。この日はいつも出席している夜間中学生は休みだ。こんな時、適格な話をしてくるはずだ。きっと「後悔したらあかん。今を大切にせんと」と言うだろう。
さっきから、Tさんが怖い顔をして私をじっと見ている。何か話すはずだ。
先月9月19日は旧暦の8月15日。中秋節、秋夕(チュソク、추석)であった。天体望遠鏡を据えて、みんなで眺めた。三日月のころから、理科の時間に天体望遠鏡で観察してきた。「少しずつ、変わってきました」「満月もきれいやけど、三日月の端っこのほうが好きです」望遠鏡をのぞきながら話が続いていた。
教室に戻って、「月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月」この和歌の意味を何度も何度も読みながらみんなで考えた。文字を追っかけようとするとスムーズに読みができない。変な所で切れてしまう。なかなか意味が読み取れない。そこでこの歌に曲をつけようということになった。ぎこちない節回しだが、演歌調、浪花節調など個性に富んだ曲が次々出てきた。そんなとき、Tさんは澄んだ音色の節回しで歌った。みんなびっくりした。「すごい」「へぇー」「すばらしい」賞賛の拍手だ。この時以来、理科の授業でTさんは発言が多くなった。
私もTさんが話す言葉を待った。「過ぎ去ったことを、いろいろと言うことは私は好きではありません。みんなが仲良く暮らしていければと思っていました。しかしあれはなんですか。在日朝鮮人に対し『殺せ』『出て行け』とデモ行進をしている団体がある。鶴橋駅前でやっていました。先生はどう思いますか。何を言うても許されるんですか?表現の自由ですか」Tさんはこのように一気に話した。
多くの夜間中学生はTさんの言っている意味が呑み込めていないのか、反応がない。そこで、鶴橋駅で繰り返されている在日朝鮮人への憎しみをあおるような表現(ヘイトスピーチ)を繰り返す街宣活動について説明した後、私の考えを話した。誰が考えても間違いの行為であるにもかかわらず、それを堂々とやる。誰も相手にしなければ、恥ずかしくなって止めてしまうのが普通であるが、そうはならず、繰り返される。支持をする人がいるから繰り返して行っている。「恥ずかしい行為だ。止めとけ」という街宣活動も行われているが、憎悪表現(ヘイトスピーチ)は続いている。こんな差別は許されない。裁判に訴えていて、まもなく判決はでるが、このようなことをあいまいにしている日本社会が被告ではないかと私の考えを話した。(ヘイトスピーチは差別。街宣活動を禁ずる判決が10月7日京都地裁であった)
Tさんは「一度、先生の考えを聞きたかった」と語って、ルーペで石を眺め始めた。
水平社博物館前、鶴橋駅前、東京の大久保そして京都市内の朝鮮学校で繰り返し行われているヘイトスピーチについて、夜間中学生からこのような提起があるまで、私は触れてこなかったことを反省している。


[ 2013/10/15 07:22 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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