ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  寄稿 >  「語り継ぎ部(かたりつぎべ)」とは何か:常本 一(元 ピースおおさか専門職員)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「語り継ぎ部(かたりつぎべ)」とは何か:常本 一(元 ピースおおさか専門職員)

 私事から稿を起こすのは恐縮ではあるが、筆者は15年勤めた平和博物館「ピースおおさか」をこの3月末に退職した。ピースおおさかでの経験は大いなるものがあったものの、特にこの数年は多忙やルーティンに心身がさいなまれ、もうこのへんでリセットしなければ肉体もさることながら、内面や感覚が過労死してしまいそうに思えたからである。
そこで生活の糧が週一の非常勤講師だけの身になったのを機に、この数年ご無沙汰していたジャーナリスト・ネットへの寄稿をまた始めてみようと思う。


 同ネットへの最後の寄稿は確か、2010年6月の「本多立太郎さんの死去を悼む」だったと記憶している。96歳で亡くなった本多さん。いくらお元気でもいつかはそういう日がくることはわかっていたものの、大変ショックで寂しかった。

またひとり戦争体験者、特に従軍経験者がこの世を去り、戦争を語る人が少なくなる。「語り部」無しに、どう戦争体験を継承していくのか。今、喫緊の課題といえるだろう。

 戦争体験の継承の重要性についてはここに繰り返すまでもない。のど元過ぎれば熱さを忘れるの例えよろしく、あの戦争の悲惨さを体験した者がいなくなれば日本はまた戦争を選択肢のひとつにする時代がくるかもしれないのだ。実際、昨今の周辺諸国からの軍事的圧迫に過剰に反応する若い世代を見ていると、危機感を覚えてしまう。
そもそも過去の歴史を正しく把握し、あの戦争における加害者=日本と、被害者=中国、韓国、北朝鮮の立ち位置を理解するなら、感情的反発よりもむしろ、それを乗り越えていく方策が見つかるはずである。その発想ができないのであれば、これもまたひとつの戦争体験の風化だといえるだろう。

 繰り返すが、「語り部」は必ずいなくなる。その時にはもちろん、戦争体験の無い者の中から語り継いでいく者を育てていかなければならないのだが、ひとくちに戦争体験の全く無い者といってもそれらは同質とはいえない。
まだお元気だった多くの「語り部」から直接、迫真の力をもって伝えられたり、戦争の時代の雰囲気をまだ色濃く残していた時代に生まれ育った者たちと、現在の何不自由なく、平和が当たり前の時代の子どもたちとでは、戦争体験の風化の度合いは大きく違うといわなければならない。

 ここに「語り継ぎ部」が登場することになる。すなわち、戦争体験者(語り部)と戦争未体験者(戦後生まれ)との二分法ではなく、「語り部」、「語り継ぎ部」、そして現在の若者たちとの三分法で考えていこうという発想なのである。

 このように、時代は「語り継ぎ部」の登場を待っているのだが、最近、「語り部」世代にも変化が見られるようだ。ここ数年、ピースおおさかに勤務していて感じたことは、今になって「語り部」をやりたいという先の大戦の体験者が増えてきていることである。

今まで語れなかった辛い体験を人生の最晩年になって証言として残したい、との思いからであろうか。これらの動きは「語り継ぎ部」との関係でいえば、戦争体験継承のための分母・分子の公式論といえるだろう。

すなわち、「語り部」という分母が増えれば増えるほど、分子である「語り継ぎ部」が育成されていく。そして「語り継ぎ部」からの学びたいというニーズに戦争体験を語る人が増えていく、という望ましい正のフィードバック。それをこの公式論は描いているのだ。

「語り継ぎ部」といえば、大学生世代の者たちを思い浮かべるむきもあるかもしれない。もちろん、どんな世代であっても戦争の証言を聞き、学ぶことは意味を持つことではあるが、そもそも大学生は人生の通過集団であるし、平和を専らとする前に他に学ばなければならないことが多い世代。

筆者は大学生よりもいわゆる団塊の世代を「語り継ぎ部」第1世代と目している。退職し、年金生活により戦争体験の語り継ぎに専念できるだけでなく、幼少期の戦後の貧しさを覚えているから「語り部」の言葉がすっと入るし、またベトナム反戦を経験した世代でもあるからだ。

ベトナム戦争には、日本の戦争加担という加害の側面があり、米軍基地の存在に苦しめられるという被害とあわせ、いわゆる「加害と被害の両面」から戦争を理解する材料がある。同じ性質を持つ15年戦争の「語り継ぎ部」となるために、そういう望ましい体験をしている世代であることも、背中を押すことになりはしないだろうか。

それに、大学生たちと話していて一驚したことに、もうすでに若い世代にはベトナム反戦運動は完全に“歴史”になっていて、その時代に青春を送った世代は、その65歳前後の風貌とあいまって、太平洋戦争の「語り部」と区別がつかなくなっているそうである。

団塊の世代のみなさん。「語り部」と間違えられるなんて、そんなに老けているのか、と嘆くなかれ。「語り部」と区別がつかないくらい、あの戦争を語ることのできる「語り継ぎ部」となってくださいますよう。期待しています。1957年生まれの筆者も必ずあとに続くでしょう。
[ 2013/10/14 16:54 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。