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コラム風「じゃがたらお春・外伝」:片山通夫

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 過日、電子雑誌lapiz編集長の井上氏と取材のため、九州は平戸や島原、そして天草を訪れた。
 この辺り一帯は、キリシタンの里である。失礼な表現を許して貰えるなら、こんな田舎の寂しい漁村にまでと思ってしまうほどの所にまで、カトリックの教会を見つける事が出来る。江戸時代、キリシタン禁止令のよって根絶されたかに見えたが、どっこい《カクレ》として生きてきた人々や、明治以降新たにカトリックを信仰した人々によって、長崎県の津々浦々、そうまさに津々浦々に教会は建てられた。



 平戸の町で泊まった。井上さんは筆者と同様、酒好きな《いい性格》をされているのか、筆者の誘いを断られない。平戸のホテルからぶらぶら歩いて数分。なんとなくそれらしい居酒屋に入った。ここで言うそれらしい居酒屋にはたいした意味はない。安そうで、かつ肴がうまそうと言う程度の意味だ。井上さんはこんな時、鋭い嗅覚を発揮される。

 
 平戸で入った居酒屋も決してハズレではなかった。いや、大当たりだった。
 カウンターに腰を掛けた。目の前にじゃがたらお春という名前のついた焼酎があった(写真)。聞いてみると「平戸で作られていて、長崎のジャガイモが原料」だという。「ジャガイモは北海道」だと決めてかかっていた筆者だが、実は全国第二のジャガイモ生産地が長崎だと聞いて驚く。勿論、北海道が全国一である。

 余談だが、長崎には1634年江戸幕府の鎖国政策の一環として長崎に築造された人工島・出島がある。ジャガイモはその出島にオランダ人によっておよそ400年前に伝えられたと言われている。当時はジャガタライモと呼ばれていたようだが、定かではない。ついでながら、ジャガタラとは今のジャカルタ(インドネシア)のことである。

 焼酎・じゃがたらお春はここ平戸で造られている。居酒屋の店主は「飲みやすくて良い焼酎ですよ。九州と言うとイモ焼酎、このイモはサツマイモもことですが、これはジャガイモで造った焼酎です」
 井上さんとニンマリ眼を合わせて、それを注文したことは言うまでもない。
 ニンマリしたのにはわけがある。Lapizの取材のテーマが「カクレキリシタン」もしくはその周辺を取材して回る予定だったからである。「幸先がいい」と痛飲したのは言うまでもない。
 
 そのじゃがたらお春だが、寛永16年というから、1639年のこと。江戸幕府の鎖国政策の一環で長崎市内にいた混血児たちはバタビア(現インドネシア)のジャガタラに追放された。この混血児たちの中に長崎生まれのお春がいた。
  
 じゃがたお春を歌った長崎物語(1939年10月)という歌がある。
 その中に「出島の沖に母の精霊が・・・」というくだりがある。
 「じゃがたらお春は日本恋しいと出島に帰ってきたのか?!」という解釈も成り立つ歌詞だ。
 いやいや、はたして出島に女性はいたのか調べてみた。
 出島の歴史に次のような説明(以下概略)があった。
 「1661年、平戸生まれの鄭成功は兵を率いて台湾でオランダ人が占拠していたゼーランディアを攻略した。その戦いで台湾を追われたオランダ人たちが出島に逃げ込んできた・・・」この中には30数名の婦女子が含まれていたという。つまり女性も出島にいたということになる。また商館長ブロムホフが夫人を伴って出島に赴任してきたという記録もある。出島では遊郭丸山の遊女ばかりがいたわけではないのだ。

 さてバタビアへ渡ったお春は、21歳のときオランダ人との混血男性で、平戸を追放されていたシモン・シモンセンと結ばれた。シモン・シモンセンはオランダ東インド会社へ入り、記録では税関長にまで出世した。
 なに!オランダ東インド会社の税関長がお春の夫?!!
 
 ここで筆者の妄想が頭をもたげる。
 お春の夫・シモン・シモンセンは、朝な夕なに出入りするオランダ船を眺めて、日本恋しやと涙するお春を見かねて、長崎の出島へ向かうオランダ船の船長に頼み込んで、その船に潜り込ませた。このときお春の母は異郷の地ですでに亡くなっていた。
 お春の願いは・・・そう、長崎物語で歌われているように、亡き母の「精霊流し」を長崎で行うことだった。
 オランダ船で出島にわたったお春は精霊流しを行うことができた。
 長崎市の出島や幕府が残した記録には、お春が出島に帰ってきたとか彼女が精霊流しを行ったというような記載はない。

 井上氏とレンタカーで走っている時、夜の街で飲んでいたときなど、筆者はこの妄想ともいえる話をしきりにしてみたが、余り本気にはしてもらえなかった。編集長は生真面目な一面もお持ちのようだ。

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[ 2013/09/07 08:00 ] 片山通夫 | TB(-) | CM(-)


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