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奈良おんな物語《30》「パステル画家・5*SEASON(ファイブ・シーズン)・大八木恵子」下:鄭容順

「関西移住宣言」
バリ島から帰国後、当地で出会った奈良県在住の2人の男性に会うために1年に一度ぐらい、奈良を訪問するようになった。京都に住んでいた時代、奈良に来たことは一度もなかった。奈良も京都も日本の古都、同じようなものだろうと思っていた。
「これは奈良に来たことがない人間の偏見でした。」と大八木恵子さんは悔恨を込めて話す。


奈良で暮している男性2人が奈良市内の史跡や寺院を案内して下さった。
ある年、初めて見た東大寺の大仏さん。そこで京都と違うものを知った。東大寺の参道にある南大門にある仁王像、ここから古への「気」が伝わってくる。建立された人たちの「気」と参拝される人たちの気がある。東大寺で修行している僧侶たちや関係者の祈りの「気」でもあろうか。大仏殿を見ても「気」を感じた。
「これは京都と違うと初めて訪れた東大寺に感じました。これは、奈良はすごいと思ったのです。観光地として整備された京都よりも、奈良には独特の『気』あるのです。そして、三条通を歩いた時、アーケードのない通りに京都とは違う空の広さを実感しました。のんびりとした柔らかい空間と時間が流れているのです。この穏やかな奈良に育まれた『気』。『ここは住みやすそうなところだ』と、思わず口にしたのを覚えています。まさか本当に住むとは、その時は思っていませんでしたが」と、大八木恵子さん。
さて、「有言実行」のタイプの大八木恵子さん。ある年、東京の友人たちに「関西に帰ります」と宣言した。老いていく両親が心配だった。実家は京都、だから京都へ帰るのが筋だった。が、両親から「芸術家とは一緒に住めない」とハッキリ言われた。けれど、ショックを受けるどころか、良かったと安堵した。両親はまだ元気なのだ。それなら新しい故郷を作りたいと思った。ふと、奈良に住んでみたら面白いかもしれない、と思った。奈良の『気』に引かれたのかもしれない。
住みなれた東京の町から離れるために1年をかけて準備をした。住み慣れると、東京は実に離れ難かった。奈良に引越しをする前に3度も個展を開いたのは東京・西新宿へのお礼を込めてのことだった。

「奈良時代―奈良町」
2010年、平城遷都1300年祭の前年に奈良に住まいを変えた。住んでいるところは奈良町界隈の一角です。
大八木恵子さんは「奈良町に住んで歴史を学ぶことが、いかに大事かを実感しました。奈良町は人情の町です。人間関係に横のつながりがあります。近所の人が『ご飯、ちゃんと食べてる?』と声をかけて下さる。」
1年のうち、5月と6月の土・日のみアトリエ五想庵をギャラリーとして解放しています。「奈良町はいいところだと、何度も訪問して下さる人もいます。」と話す。

近所の子どもたちがアトリエに来て、大八木恵子さんと工作をして遊ぶことがある。今の時代、鉛筆をカッターで削ることは珍しい。アトリエで鉛筆をカッターで削ってあげると子どもたちは喜び、感心する。大八木恵子さんのアトリエで子どもたちは伸び伸びとしている。

ダンボールのトイレ1

ダンボールのトイレ2

トイレットペーパの芯で

アトリエにはダンボールで作った洋式のトイレがある。ダンボールの椅子、トイレットペーパーの芯で作ったオブジェもある。タロットカードもある、それは大八木恵子さんが描いたオリジナル。もちろん、パステル画はところ狭しと飾ってある。大八木恵子さんが描いた絵のTシャツもある。絵の横に「しくる」と書かれている。しくるとは鹿のキャラクターの名前。大八木恵子さんのアトリエ五想庵のマスコットキャラクターです。目に特徴があり、くるくると回っているように見える。「しか」の「し」の字と「くるくる」の「くる」を合わせて「しくる」となった。命名したのは姪御さんです。

しくるのTシャツ

「奈良時代―京終(きょうばて)駅周辺観光マップ」
奈良町は面白いという大八木恵子さんのアトリエには、さまざまな人たち、写真家や画家などが出入りしている。大八木恵子さんが住んでいるところは万葉まほろば線(JR桜井線)の京終駅から歩いて徒歩20分です。JR奈良駅・近鉄奈良駅からは徒歩10分。奈良町界隈と隣接している。

京終の周辺地図

この地域では、たくさんのイベントが開催されている。JR・近鉄奈良駅に置かれている多くのマップには奈良町界隈の「音声館」や「からくりおもちゃ館」などが載っている。ここから南に向かって大通を越えると、JR京終駅周辺に広がる京終界隈となるが、ここには地図がなかった。京終界隈は地図のない町だった。そこで地元の有志たちと共に「地図」を作成することにした。それが「きょうばて界隈MAP」です。

京終・手書き地図2


京終地域は古代官道の上街道と中街道が通り、町には多くの歴史遺産が点在している。古民家と新築住宅が並ぶ町だが、風情がただよう。しかし地図がない町だったため、道に迷う観光客が少なくなかった。そこで地元の有志7人が、地図作成を企画した。朱肉の専門店、松尾芭蕉の句碑がある称念寺などお勧めスポット約80カ所を掲載し、2012年に完成させた。地図を発行したのは同地域で素泊まりの宿泊施設・ゲストハウスを営む安西俊樹さんが代表を務める「きょうばて界隈MAPの会」です。
手描きのマップの制作担当したのは大八木恵子さんです。
「きょうばて界隈MAP(かわいいマップ)を完成して発行したのは2012年11月。A3判。JR京終駅の北側、東西900メートル、南北700メートルの区域をMAPにおさめた。1500部発行した後、再販する運びとなり、好評の地図となった。
まず地元の調査から始めたボランテイアで土地の調査に協力をしてくれた人もいた。地域を歩いてまわって、地元の歴史などに詳しい人に話しを聞いていった。地域は、かつて田園が広がっていたことから、ため池も多く、地図にはその名残を入れることにした。
大八木恵子さんはMAPの作成をしたことを次のように話す。
「地元で美味しいと評判の天ぷら屋さんを訪ねると『地図を手に、わざわざ来て下さって』と嬉しい言葉を言って下さる。地図のない町を『地図という形』に出来て良かったと思えるお言葉です」
京終界隈のギリギリに隣接する「ならまち」は、行政がいくつもの地図を作成しています。しかし、すこし離れた京終界隈については、行政の関心が薄かった。京終界隈は、平城京に都があった1300年前、「平城京が終る」という意味で京終と名付けられたという。京都に京極という地名があるが、この地名も平安京の極(きわ)ということです。

新聞記事

「きょうばて界隈MAP」で苦労したところは、地図を作るための資金集めでした。けれど、地域の活性化ということで、地域の多くの人たちに協力を頂くこととなりました。ご協力を頂きましところは電話番号をいれました。無料掲載というお店もあります。そうした無料のところは小さな小さなお店です。
地図は絵地図のため、描くには苦労がありました。何度も書き直す作業になりました。調査しては新しい情報が入ると書き直すという作業でした。京終の町は隠れた史跡などが多く、大人たちに人気がありそうな気がしています。おかげさまで地図は完成しましたが、今後の予定として、現在は白紙になっている地図の裏面に、京終界隈のオススメ散策コースなどを記し『完成版』を作ることを考えています」と大八木恵子さんは話している。
地図の作成には知らない人との多くの出会いがあり、地域との横のつながりも出来た。地域の新しい発見になった。

「京終サロン」
「きょうばて界隈MAPの会」の作成を機会に「京終サロン」が創設された。会場は京終地域の璉城寺。午後7時から9時までの会合です。毎回、講師を招いての「サロン」で、8時からは手作り弁当を頂きながら講師と談話をして学習していく「サロン」です。

れんじょう寺

2013年7月22日、この日は第7回目の「サロン」で、大八木恵子さんを含めた30余人が参加していた。
学習会は、奈良県立図書情報館・大宮守友さんを講師にして「近世の奈良町を探る」と題し「奈良奉行と奈良奉行所」「奈良町の成り立ちと会所」「町の住民自治」についてのお話でした。「町の住民自治」に関する内容で、□年寄・5人組制の成立、□木戸の設置、□宗門改の開始、□家屋敷売買の手続き、□相続人の公証、□訴訟の手続き、□警察業務を語る講座となった。
現在の奈良町の原型になる絵地図、江戸時代に書かれたといわれている奈良町奉行所の大地図が掲示された。この地図を見ると現在の奈良町の原型になっていることが分かる。このユニークな楽しい講座の会合は、毎月1回、紀寺にある璉城寺で開催されている。会費は千円。この8月には、氷室神社宮司の氷に関係する講演が予定されている。

絵地図2


「京終サロン」は2013年1月から毎月1回開催されており、7月度で7回の開催となった。これまで「JR京終踏切の歴史」「京終なんとかしよう会」「京終駅に有った、奈良安全索道の写真と思い出」などのゲストトークがあった。奈良の老舗の和菓子、「さつま焼の由来」のお話の会もあった。
7月度の「サロン」の日、大八木恵子さんは会場にて、「きょうばて界隈MAP」の裏面に、分かりやすく『目次』を入れた完成版を年内に完成させたいと発表していました。制作支援のご協力も募っています。

京終サロンの大八木恵子さん

問い合わせ・連絡先は下の写真を参考にして下さい。
アトリエの地図

大八木さんのブログ

「多岐にわたる活動」
大八木恵子さんはアナログの手作りの新聞『TSUBUTANE』を発行している。東京へ引っ越した1995年のこと、京都の故郷の友人に近況報告として、本来なら手紙を1人1人書くべきだったが、大変に感じたことから新聞という形式で同じものを送付したところ好評で、現在も発行が続いている。発行は18年に及び、最新号は82号を数える。
「文」と「絵」が入ったカラーの新聞です。モノクロの縮小したサンプル版を各地で無料配布しているが、本誌カラー版の郵送希望者には6号分を2000円より受けている。
オリジナルの物語と絵で作った豆本を創作している。掌に乗る小さな本で、大八木恵子さんのオリジナリティあふれる豆本です。

行政の仕事もしている。行政が発行する冊子などの表紙絵や挿絵も書く。例えば「みんなで築こう 人権の世紀―考えよう 相手の気持ち 育てよう 思いやりの心」と題した「人権啓発」のお仕事です。2013年は「一般社団法人日本セーフコミュニティ(JISC)」の仕事もしている。

人権啓発のノートの表紙

また、ディレクターとしても活動する。25年続く平和を願うイベント『PEACE CARD』を2012年に関西で初めて開催した。好評につき、今後も毎年開催することになった。「この平和のイベント『PEACE CARD』は奈良を会場にして開くことができれば楽しい」と話す大八木恵子さん。
もうひとつ、「祈り」をテーマにしたグループ展『おまもり展』の企画開催を続けている。「『おまもり展』は、祈りの地・奈良にふさわしい展示なので、古の地・奈良の名物展として根付くよう努めたい」と話している。

「筆者の感想」
バステル画家として知られている大八木恵子さん。筆者はそのことよりも、ある新聞記事で見た「きょうばて界隈MAP」の絵を描いた大八木恵子さんに強い印象を持ち訪問した。初めてお会いしたときの印象は、普通の女性。しかし1歩、部屋に入るとそこは所狭しに数々の作品が置かれていた。たいていは捨ててしまう素材を生かして作った作品群を目にしたとき、「これは普通の人ではないな」と思った。なかでもパステル画は違う。何度も何度もパステルを塗り重ねていく画法は、油絵と思ってしまうほど丁寧に緻密に色が塗り重ねられている。その個性を、奈良で活動をもっと広げてもらいたい。そう心で念じていた。
見た感じは普通の女性なのに作品を作るときの感性は違うのだろう。想像力は普通の女性ではない。その感性が部屋のあちらこちらで見受けられた。
大八木恵子さんの母親がいわれた言葉が印象に残っている。
東京から関西に戻ると決めたとき、何を思われたのか「芸術家と一緒に暮すのはしんどい」と。なるほど。親からみても普通の女性ではない芸術家なのです。
生まれ育った京都という土地柄は実に古風で、地域の秩序を守り暮らしていく。しかし京都人特有のプライドがそこにはある。
「ここには他と違うものがある」という心意気が秘められている。京都の旧家に嫁いだ女性が、京都人の工夫と生き方を磨くうちに、普通の女性が料理研究家になり、古民家の料理研究家となるケースが近年、よく見かけられます。
筆者は仕事を通して、祇園祭の関係者に会ったことがある。その時、祇園祭の胴掛けに秘められた京都人のプライドを話して下さった。
京都の祇園祭で巡行される山鉾の胴掛けは、海外から輸入されたものが多く、遠くイランなどからの織物が多い。そして海外の外交として使われた「朝鮮王朝毛織綴」も祇園祭の胴掛けに多く使われている。朝鮮王朝は外交のために海外に持ち出されたものだが、世界で類のない動物の毛で織られた技法という。動物の毛は虫も喰わないということでもほとんど当時の状態のままで残っている。祇園祭の関係者は日本全国をまわって、手元に収集したのが60数枚になるという。こうした歴史をたどると京都人のプライド、祇園祭の胴掛けにも京都人の感性が競われているのが分かる。普段は普通に暮していても、何かの折に感性が光ってくる、これが京都人の気質らしいと「朝鮮王朝毛織綴」の展示会と大八木恵子さんとお会いしてそう思った。これからどんなふうに奈良の地で感性を磨き、何を見せてくれるのか楽しみな人です。見守っていきたい奈良在住のバステル画家です。
<写真説明>1・2、大八木恵子さんが作ったダンボールのトイレ、暇に任せて作ったといっているがこの発想が面白い。3、これもトイレットペーパーの芯で作ったオブジェ、この発想がまた面白い。4、大八木恵子さんが考案した絵柄のTシャツ。5、京終町周辺の地図。6、大八木恵子さんが手書きした「きょうばて界隈MAP」。7、「きょうばて界隈MAP」のことで新聞記事になった。8、「京終サロン」が開かれた奈良市西紀寺町璉城寺。9、奈良県立図書情報館・大宮守友さんが紹介した氷室神社所蔵の「近世の奈良町の絵地図。10、「京終サロン」に参加していた大八木恵子さんや参加者と講師の大宮守友さん。11、大八木恵子さんのアトリエの地図(案内のハガキから)。12、小林市が作成した人権啓発のノートの表紙絵に採用された大八木恵子さんのイラスト。

[ 2013/08/03 07:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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