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奈良おんな物語《30》「パステル画家・5*SEASON(ファイブ・シーズン)・大八木恵子」中:鄭容順

「東京時代」
1995年に東京に移る。住んだ所は西新宿。ここはドーナツ化現象で高層ビルが立ち並んでいた。昼間の人口は多いが、夜は皆、郊外の自宅に戻っていくため人は少ない。そのため西新宿の借家の家賃が安価だった。それでも西新宿のアパートは家賃が9万円、新宿駅から歩いて15分程度の交通至便なところです。


新宿の西口駅前にはダンボール村があった。大八木恵子さんは「ダンボール村にはショックを受けました。今では京都駅でもホームレスを見るようになりましたが、東京に出た頃の京都には、ダンボールで生活をしている人は見なかった。ところが、東京での暮らしが苦しかった私に、一番優しかったのはダンボール村に住んでいたおじさんたちでした。ある時、仕事がなくなり、貯金が減るばかりのことがありました。そのとき、ダンボール村で暮していた人と話す機会がありました。そこにはテレビや新聞で伝えられていない真実がありました。やがて、新宿駅西口のダンボール村は火事でなくなり、一部の人は、私の家の近く、新宿中央公園へ移ってきました。」と話す。

また大八木恵子さんは「東京に行ってからの最初の5年間は、知らない所だったので苦労をしました。振り返ると6年目あたりから、東京は住みやすい街となりました。1人で生活しやすいように造られている便利な大都会です。夜中でも街は明るく、女性1人で生きていくのにも困らない町でした。地元に納まることができない人たちが日本全国から集まって出来ている街です、孤独好きには良いところです。」と話す。
ある年、大八木恵子さんは交通事故に遭った。車の助手席に乗車中、後ろから追突されムチウチ症になった。右手が不自由になり、絵を描くとき細かい作業ができなくなった。大八木恵子さんのパステル画は何度も何度も色を塗り重ねて油絵のようにしてく。緻密な作業も入る。

大八木作・パステル画

大八木作・パステル画

京都にタロット占いをする友人がいた。大八木恵子さんは事故前には「タロット占い」を非科学的なものとして信じていなかった。が、事故で動かなくなった手を抱えた時、不安な気持ちを慰めるためタロット占いで自分の現状を占ってみた。「これが当たるのです」と話す。
「タロット占い」のルーツは古く、中国が起源ではないかという説がある。当時、大八木恵子さんは流行を描くイラストレーターだった。
「流行を追いかけることも素敵ですが、古くから伝わることを残すことも素敵だと、この時に思いました。そして自分の絵で新しいタロットカードを創ってみようと考えたのです。第2の故郷、西新宿へのお礼の意味も込めて、ここを舞台にしようと決めました。」と話す大八木恵子さんです。

タロットカード

タロットカード

タロットカード

西新宿をテーマにしてタロットカードを作成、原画展示もした。これは東京とお別れする前の「さよなら展」となった。オリジナルのタロットシリーズの絵には、東京都庁の広場で、信じられないパフォーマンスを披露している大道芸人の1枚もある。

「バリ島」
バリ島は東南アジアのインドネシア共和国に属する島である。首都ジャカルタがあるジャワ島のすぐ東側に位置している。近年、若い人たちがバリ島に訪問する人が増えているが日本にないエキゾチックな文化に魅かれるのだろう。
大八木恵子さんはある年、バリ島のウブドという小さな村に行った。
ウブドはインドネシア共和国バリ州ギャニャール県ウド郡の村です。山岳地帯、山側のリゾート地域としてバリ島の姿を見ることができる。その代表がウブドである。ここは芸術村です。オランダ植民地時代から知られている。今日では質の高いバリ舞踊やバリ・アートなど、染色技術に竹製の製品など伝統的な文化や民芸品の多くを目にすることができる。ウブド南部には木彫り村マスも栄えている。絵画、音楽、彫刻、ダンスなどを学んで独自の系術を生み出している人が多く日本からも多くの観光客が訪れている。
大八木恵子さんは「宗教の町、舞踊の町でした。1人で10日ほど滞在していました。この時、ちょうどバリ島に来た奈良県・王寺町からやってきた男性2人と出会いました。小さな美術館をひとりで観ている時、関西弁の会話が聞こえてきました。関西弁がとても懐かしく、また嬉しく響き、話かけると意気投合、お茶を一緒にしたのがきっかけで、日本に帰ってからもメール等で交流が続きました」と話す。

<写真説明>1~2、大八木恵子さん作のパステル画の案内状。3~5、大八木恵子さんが作成したタロット占いのカード。
[ 2013/08/01 07:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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