ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  川瀬俊治 >  6・18-6・24「脱核、アジア平和日韓市民ツアー」報告:川瀬俊治

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

6・18-6・24「脱核、アジア平和日韓市民ツアー」報告:川瀬俊治

 3・11の福島第1原発事故の体験を韓国の原発周辺に住む住民に伝え運動の課題を話合う「脱核、アジア平和日韓市民ツアー」が6月18日から1週間、韓国の原発4地域と2候補地などを訪れた。玄海原発訴訟の会原告代表、福島県いわき市の保育園長、各地の市民運動スタッフ21人が参加した。以下レポートする。(「社会新報」2013年7月17日号掲載)


 韓国の原発は1978年の古里(コリ)原発1号基(釜山市機張郡)が初めて稼働し、以降、現在は4地域で計23基の原発を数える(現在10基休止)。4地域とは、古里、月城(ウォルソン)(慶尚北道慶州市)、蔚珍(ウルジン)(慶尚北道蔚珍郡)、霊光(ヨンガン)(全羅南道霊光郡)。建設中の原発は5基あり、13年には2基が竣工予定。さらに建設準備中は計6基ある。18年から23年にかけ竣工をめざす。エネルギー資源が乏しい韓国は、福島第1原発事故以後も原発推進策は変化していない。12年の第5次電力需給基本計画では原発が占める発電量は12年の34・8%から24年には48・5%になる。これはフランスに次ぐ原発の発電量だ。原発の密集率は日本を抜き現在は世界1。李明博前大統領は原発大国として今後80基の輸出を目指すとした。

 最初の訪問地は霊光のハンビット原発。1号基が稼働した翌年、87年に原発の温排水被害を漁民が告発、韓国で初の反原発闘争となった。交流会では地元の霊光農民会(役員だけで200人)、脱核新聞の編集長などが参加した。多くの住民参加で運動をしているのは霊光が唯一。昨年11月には原発内部の調査まで実現させている。

 新たな2候補地(慶尚北道の盈徳(ヨンドク)、江原道の三陟(サムチョク))が昨年9月に公示された。ツアー後半に訪問したが三陟は1990年代に建設の白紙撤回を勝ち取り、高さ5メートルの勝利の記念塔まで建てたが、再度候補地として指定された。盈徳は賛否が拮抗しているが、朝鮮戦争時にパルチザン勢力が村を支配し、山間部では火田民が虐殺された歴史をもつ。60年前の朝鮮戦争が住民に影を落とし反対の声を上げにくいということも聞いた。

 古里原発では近隣住民との交流会の席上、甲状腺ガンで治療を受けて女性が話した。「地域ではほかでも患者がいる」。甲状腺ガン発生の話は霊光でも、蔚珍でも聞いた。古里第1原発では「稼働年数10年延長の期限まであと4年。しんぼうする」と住民代表は語り、蔚珍では「原発で村がよくならなかった。集団移住するのが村人の総意だ」と語った。古里、蔚珍とも各原発ゲート前で「脱原発社会の実現を」と日韓共同で訴えたが、一方で原発に表立って反対できない住民の苦悩にもふれた。

 新月城原発の送電線が村を通ることを阻止する運動を続ける慶尚南道密陽(ミリャン)の闘争小屋を訪問したほか、月城原発では周辺住民との懇談会も持たれた。どの交流の場でも日本側が強調したのは「絶対安全だと言われた福島で過酷事故がおきた。韓国でも安全だと言われるが、過酷事故がおきれば手が付けられない。福島のわれわれの体験を生かし、ともに脱原発に歩みたい」。今年10月には韓国の市民団体が九州、四国、関西などで住民との交流するほか、日本での原発メーカーを訴える訴訟(11月11日提訴)では、韓国の「核のない社会のためのキリスト者連合」が全面協力することが決まった。
[ 2013/07/24 22:44 ] 川瀬俊治 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。