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夜間中学その日その日 (302)   守口夜間中学 白井善吾

「夜間中学生の胸を借りる」②
守口夜間中学に京都 西本願寺から僧侶47人が来校された。100日にわたる研修が組まれていて、研修の一環として夜間中学を訪問、夜間中学生の横に座り授業を体験する。夜間中学生と対話をすることを中心としたプログラムで実施された。2013年6月26日、この日は大雨注意報が発令され、実施できるか直前まで心配であった。


参加者は僧侶で、課程修了後はさらに布教使として活躍されるという。ほとんどが20~30代の方で、女性は一人であった。
ピース大阪の見学を終え、午後4時前に来校。夜間中学生の体験発表、授業体験、夜間中学生との対話交流がこの日の内容だ。
いつもより早く登校した夜間中学生は意見発表と話し合いに臨んだ。

「私の世代からは想像できない3人の発表の内容です。祖母から戦争のころの話は聞いていた。しかし、どこか他人事であった。自分の認識の甘さに気付かされた」「字を読む、書くは当たり前。しかし当たり前でない、発表を聞いて胸がいっぱい。授業を体験し学ばさせていただきたい」「学校にも居場所がなかったとのこと、小学校時代どこに居場所がありましたか」と率直に感想と質問があった。

夜間中学生は答えた「居場所はなかった。一人でいることが多かった。そんな生活の中でも、尊敬する人があった。私の祖母だ。私のことを思ってずっと見守っていてくれた。いつか必ず、報いたいと思って生きてきた」「自分は夜間中学に来て6年たった。辛抱強くなった。人と話をして冗談が言えるようになった。心が広くなったと自分でも思っている」「夏の暑さは何とか頑張れるが、冬はつらい。1時間20分かけて通っている。時間が来ると体が夜間中学に向いてしまう」「この年になって、学校に来て、先生と友達のように、第2の人生を送っている。女、子ども、老人を大切にし、子どもを守っていってほしい」初対面の来校者の質問にも、夜間中学生は丁寧に答えていた。

来校者は9班に分かれ授業を体験し、もう一度夜間中学生と向き合った。
「黒板と机が近く、楽しい授業だった」「先生が1話すと10でも20でも話題が広がり、学びたい意欲が伝わってきた」「難しいことを学びながら雰囲気は和やかだった」「先生と皆さんの対話、楽しそう、その雰囲気がどうしたら作れるのか、興味深かった」「授業に参加して、ことばを大切にしながら僧侶として仏教の大切さを伝えていくことが重要だと思った」
授業感想を聞いた司会者は「100日間寝食を共にして学んでいるが、明日からの学びの姿勢がかわってくる」というと、会場は拍手と笑いが起こり和んだ。会場に掲示している共同作品「恨(はん)」についても質問があった。「人を『恨(うらむ)』意味ではなく、つらいことしんどいことを語り、恨を共有して恨を取り戻していく、そんな意味です」
「先生方の授業でのお話はとても聞きやすい。何か工夫はありますか」の質問もあった。なるほど布教使も教師も語りを手段に伝えることが共通点だ。教師から「ゆっくり話すことに注意を払っています」と答えがあった。

夜間中学生は「守口夜間中学は40年、節目の年を迎えました。学びやすい、通いやすい学校にしたい」とまとめの挨拶をおこなった。

急にマイクがまわってきても、自分の言葉で発言をしていた夜間中学生。マイクを持った同じクラスの友に、持参のカメラを向け写す。そんな自然なやり取りがあった。「夜間中学に来るようになって心が広くなった」と語ったが、その変化を自分の言葉で語れる、そんな夜間中学の雰囲気はどうして生まれるのか、そんな僧侶からの問いではなかったか。
守口夜間中学が出版した『不思議な力 夜間中学』『学たびくやしく 学たびうれしく』を手にし、学校を後にされた。
[ 2013/07/06 12:25 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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