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メデイアウオッチング「祇園祭・山鉾に映えた朝鮮王朝毛織綴」:鄭容順

京都祇園祭の本祭、7月17日が近づいてきた。祇園祭は日本3大祭として全国によく知られている。しかし山鉾の胴掛けに朝鮮王朝毛織綴(朝鮮王朝1392年~1910年)を使用されていることはそれほど知られていない。
何年か前、研究者が祇園祭の山鉾には朝鮮王朝のものが使われていると発表していたことは記憶しているがそれから情報が届くことがなかった。


いよいよ祇園祭が近づいてくる5月20日、「朝鮮王朝毛織綴」の展示会が開催にちなみ現場取材要請がかかった。当日、京都芸術センターを訪問、「朝鮮王朝毛織綴」の研究者、祇園祭山鉾連絡会の理事長、吉田孝二郎さん(76歳)にお会いして5月17日から23日まで開催されていた展示開場でお話を聞くことになった。吉田孝二郎さんは60枚を所蔵、そのうちの22枚が展示された。

メデイア 1

18世紀の半ば、京都の祇園祭の山鉾に「朝鮮王朝毛織綴」が使われた。
「京都人のプライドの高さ、同じ性質のものは使いたくない。少しでも違う物と考えてペルシャからかなり輸入をしたのです」と話す吉田さん。

吉田さんが最初「朝鮮王朝毛織綴」に出会ったのは50年前という。
恩師が雛祭に敷いていた敷物、18世紀の「朝鮮王朝毛織綴」を譲り受けた。
「縦1・7メートル、横1・2メートル、山や蝶、蓬菜山が施されていていたものですが、不思議な魅力を感じて、それ以来、50年かけて日本全国を駆け回って収集をしてきました。1点はパリまで行って見つけたものです。朝鮮王朝毛織綴はデザインの考案にも素晴らしいものがあります」と、話す。

メデイア 2

メデイア 3

「朝鮮王朝毛織綴」とは朝鮮王朝独自が考えた技術、この技術は世界に類はなく朝鮮王朝の毛織綴しか見られない。織の糸は動物の毛で平織である。
綴技法で細く山羊や羊という動物の毛で織っている。虫も寄せ付けないほど硬くゴワゴワとして織目も詰まっている。250年経った今も虫食いがない。虫にも歯がたたなかった。さらに細かい絵柄は竹か何か硬いもので絵を描いて1枚の織物にした。
両班が敷物や間仕切りとして掛けた。間仕切りは裏・表の柄は同じでリバーシル、風よけなどにも使われた。柄はライオン、フエニックス、牡丹、鶴、蝶など霊獣などがモチーフにされた。
日本の戊辰戦争のときはライオンの絵柄を入れた陣羽織が寄贈されている。制作は150年前と言われている。

メデイア 4

「朝鮮王朝毛織綴」の技法は文様を「織分け」、蝶や牡丹などの絵柄を墨や顔料を使って細かく描く「絵分け」の2つの技法を使った。
安東の景色も描かれたものは「まど絵」で「トサン書院」で描かれたもの。
計算された織物、どの織物も上の余白幅が多く下の余白幅が狭い。上の端糸は三つ編み、下はループに統一して規制した。

メデイア5


「朝鮮王朝毛織綴」、韓国では韓国刺繍博物館が所蔵している2点のみである。朝鮮王朝時代、外交政策として使われた。
韓国刺繍博物館の許東華さんは所蔵している「朝鮮王朝毛織綴」はイグサで織られた植物繊維と思い込んでいた。それが吉田孝二郎さんの研究から動物の毛で織られたものと判明した。

メデイア6

京都芸術センターは京都市中京区にある。京都市立明倫小学校が廃校されてその建物を京都芸術センターにした。建物を復活させた意味が同センターを訪問してわかった。展示開場になっていた部屋は和室、学校が運営されていた当時は保護者が集まって会合されたという。障子といい欄間といい今では珍しくなった数々の技術が施され建物も陶器で飾るなど老舗が並ぶ商人たちが寄贈して出来た学校の成り立ちを垣間みることができた。

メデイア7

他に常時展示や絵画などの作品展が行われている。京都まで出かけた折りには訪問して見て下さい。
吉田孝二郎さんは京都造形芸術大学で講義もしておられる。染色研究家でもあることから京都と関連する講義が行われている。
先日も「京都の祇園祭」について講義されたという。

そして吉田さんは「朝鮮王朝毛織綴」は「研究後、韓国に里帰りさせることも考えている」とも話された。
今年も7月17日が来る。宵山などから山鉾が見られる。楽しんで見学してもらえれば幸いです。

吉田孝二郎さんに関係する資料

<写真説明>1、吉田孝二郎さんが(右)見学者に説明、2朝鮮王朝毛織綴の会場、3、織わけと絵わけした作品、4、戊辰戦争時に贈られた朝鮮王朝毛織綴の陣羽織、5、安東地方の景色、まど絵の作風で織られたもの、6、韓国刺繍博物館の所蔵の1点、7、元京都市立明倫小学校の手の込んだ造りの欄間と障子。
[ 2013/06/18 06:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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