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夜間中学その日その日 (297)   拳編集委員会

「守口の奇跡!コンサート」
守口夜間中学は1973年4月25日生まれた。今年は開設40周年だ。開設には多くの市民の運動があった。「夜間中学を育てる会」、天王寺・菅南(現 天満)の夜間中学に通学していた守口市や北河内に住んでいた夜間中学生、池田香府会議員、守口市教職員組合そして髙野雅夫さんの運動が行政を動かした。

「分かりました守口に夜間中学作りましょう」と当時の木崎正隆市長は運動体に回答。議会で次のように守口市の方針を明らかにした。「私は家庭的、社会的、何らかの事由によって義務教育の終了を断念しなければならなかった方々のうち、勉学の意欲に燃える人たちのために、第三中学校において夜間中学校を開設、教育の場を醸成したい考えであります」(1973年3月7日、施政方針案説明)と述べた。そして23人の新入生を迎え、1973年4月25日、開校式を行った。
夜間中学の卒業式には木崎市長は在任中、欠かさず参加、卒業生、在校生に激励の言葉を送ってきた。そして世界的に有名なバイオリニスト・五嶋みどりさんは木崎市長の曾孫にあたる。
2013年6月12日、20年ぶりに守口夜間中学で五嶋みどりさんのバイオリン演奏会が行われる。第1回目は1993年6月、守口夜間中学生を招待してエナジーホール(守口市文化センター)で当時21歳の五嶋みどりさんの演奏会が開かれた。澄んだ音色と堂々と演奏する姿に参加した夜間中学生は感銘を受けた。その時、みどりさんの祖母(木崎市長の娘)の美江子さんは「みどりと三中を愛してやまなかった父の思いが通じた。父が生きていたら、真っ先に駆けつけたと思う。勉強、仕事に頑張っている生徒さんに孫の演奏を楽しんでもらいたい」と話している。
枚方市に生まれ、10歳でアメリカに留学、現在もアメリカで暮らしている。五嶋みどりさんには有名なエピソードがある。わずか14歳でレナード・バーンスタイン指揮のボストン交響楽団との共演を行ったその時の出来事だ。演奏中に弦を2度にわたって切りながら、その度、団員の大人の大きなバイオリンを借りて最後まで演奏をした。このことはアメリカの教科書にも「タングルウッドの奇跡!すごい14歳」として載っている。みどりさんは、「一生懸命練習した大好きな曲を、とにかく最後まで弾きたかった」と語っている。
しかし、人生は順調な時ばかりではない。みどりさんも、さまざまな葛藤をかかえ、一時は摂食障害で入院。バイオリンの他に心理学の勉強をしたそうだ。
1993年の守口での演奏会は五嶋みどりさんにも印象深い出来事で、NPO法人ミュージック・シェアリングを立ち上げ「訪問プログラム」を行うきっかけになったとお聞きしている。
このプログラムは「音楽家との交流を望む子どもや、様々な事情でコンサートホールへ足を運ぶ機会の少ない子ども達のために、全国の学校や児童施設などを無償で訪問、音楽を通して出会い、参加した人が豊かなクリエイティビティを育むことを目的としている」と明記している。来日し、2013年6月全国各地でこのプログラム組まれている。
五嶋みどりさんは一緒に来校する5人の仲間とともに、コンサートにむけて、事前に夜間中学生の事をもっと知っておきたいと依頼があり、英語に翻訳した夜間中学生の作文や資料をお送りした。それらを読み込まれている。その誠実な、みどりさんからあふれる音楽を楽しみたい。
夜間中学生とどんなハーモニーが醸成されるか?開設20周年に続き、開設40周年に実現する守口夜間中学生の出会い、わたしたちはこの演奏会を「守口の奇跡!コンサート」と呼ぶことにしよう。
[ 2013/06/02 15:08 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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