ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  寄稿 >  夜間中学その日その日 (296)   蟻通信編集委員会

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

夜間中学その日その日 (296)   蟻通信編集委員会

近畿夜間中学校生徒会連合会総会・新入生歓迎会
「どう考えても納得がいかないことがある。(府教委は)夜間中学の修業年限は9年だといいながら、就学援助は6年間だという。なぜなのか?高槻からバス電車を乗り継いで通っている仲間がいる。安心して学べるよう、9年間の就学援助の復活を実現するため、取り組んでいきましょう」。

2013年5月12日、尼崎アイカイックホールで開催された近畿夜間中学校生徒会連合会総会での夜間中学生の発言だ。
近畿15校から496人が参加した総会では生徒会長が次のように挨拶をおこない、更なる団結を訴えた。「大阪府の補助金がなくなってから就学援助については居住地により内容も様々です。また補食給食については、多くの市で廃止されたままです。これは働きながら通学する夜間中学生にとっては健康上見過ごすことができない問題です。私たちはこれに対して運動を積み重ねてきました。みんなようやくたどり着いた夜間中学で必死に学んでいます。これからも夜間中学生が安心して学べるように、大阪府の教育委員会に私たちの想いを訴えていきたいです。そのためにも、みなさんいくら状況が厳しくても団結して頑張りましょう」。
2013年の活動方針を受け、12人の夜間中学生が意見を述べた。
大阪市教育委員会との話し合いの中で担当者が「(弁当は)コンビニで買えるではないか」と夜間中学生の実態を理解していない発言をおこなった。この担当者の発言を怒りを込め紹介した。そして署名活動を継続しようと訴えた。
70歳以上の大阪市民に行われている“無料パス”が有料化されると、夜間中学に通えなくなる問題がある。
最初ドキドキしながらくぐった夜間中学の校門だが、「7年たった今、友だちもでき、前向きに生きている自分に気が付いた」「仲間を増やすため、春休み中も募集活動をおこなった」。
「昼は家族の生活のため働き、たどり着いた夜間中学では(補食給食が)ない。訴えた私たちに教育委員会は『欲しいんだったらコンビニに行きなさい』と言った。抗議した私たちに、教育委員会は申し訳なかったと校長先生を通して謝った」
「東大阪の仲間の粘り強い取り組みで、東大阪市で7年以降の就学援助が実現したが住んでいる門真市にも実現するよう頑張っていきたい」
「2016年、使用開始でエレベータの設置を約束させた。(このとりくみで改めて思ったことは)夜間中学の存在の大切なことを粘り強く訴えていくことだ」
「御所市の制度変更を求め、集めた署名2775筆の署名をもって市長に直接手交し、改善を訴えた」
続いて全体で250人の新入生を迎え、新入生歓迎集会がおこなわれた。「(私たちは)子どものころ学校に行けなくてとてもつらい思いをしてきた。でもみなさん、これからは一人ではありません。ここに集まっている夜間中学生が仲間です」生徒会長は歓迎の挨拶をおこなった。
歓迎行事の後、各夜間中学の新入生が舞台に上がり発表を行った。
「38年前の1975年4月15日、7人の仲間を迎え、夜間中学が始まった。『夕やみ迫る坂道を ペダルふみふみ校門へ あいさつかわす声軽く 老いも若きもつどいあう 我ら夜間中学生』」この学級歌を参加者も一緒になって歌った。
「私たちの先輩、髙野雅夫さんの言葉『武器になる文字とコトバを!』」を横断幕にして舞台に上がり、「私たちが今、夜間中学で学ぶ意味を考えよう」。また「100%本名を使い、違いを豊かさに変え、民族を大切にしよう」と訴える夜間中学もあった。
「就学援助を9年間に延長させた」「就学援助の学用品費を復活させた」「所得証明をとるため、仕事を休む必要がなくなった」「私たちの運動と団結の力で今年から実現させた」一人1文字ずつ書き、作成した横断幕をもって太平寺夜間中学は発表を行った。
夜間中学に集う仲間の発表に共感し、連帯の拍手を送る夜間中学生の姿があった。いま、夜間中学で学ぶ意味を考えることができた歓迎集会となった。
[ 2013/05/31 10:17 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。