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奈良おんな物語《28》「フリージャーナリスト・浅野詠子」下:鄭容順

「奈良新聞社、退社後はフリージャーナリストとして活躍」
退社して2011年には「奈良の平日―誰も知らない深いまち」を講談社から出版した。内容は足で書いた奈良のまち。「町家カフエ」「古都の近代化遺産」「街角のお地蔵さん」「海なし県の水辺の風景」隠れたうまいもの」などこれまでなかった視点で奈良の町を書いた。A5版246ページ建て。


とりわけ「高畑の洋館秘話」の話の中で取り上げた志賀直哉旧居の話は印象的だ。隣には大正時代に建てられた洋館があり、そこにアトリエを構える洋画家の中村義夫と志賀の交流を描いている。志賀は戦前にそこを引き払い、昭和50年代には旧居が解体される危機に見舞われたが、中村の長男、一雄さんが保存運動に立ち上がった。
志賀邸には平安時代の観音像のエピソードもある。志賀が東京に転居した後、行方がわからくなっていたが、数年がかりで所在をつきとめた人々の話が本書に出てくる。地元に長く住んでいる人も知らないような街の情報を掘り起こし、20余年勤務した奈良新聞時代の脈がフルに活用されている。

アサノエイコ-ナラ新聞社-旧社屋3

ほとんどの人に知られていない心神喪失者等医療観察法の人権課題にも突っ込んで取材した。舞台のひとつは、大和郡山市などにある触法・精神障害者を強制治療する専用の病棟です。取材し、雑誌「週刊金曜日」のルポ対象に原稿を応募し、作品「重装備病棟の矛盾~7年目の司法精神医療」は佳作に入選した。
選者の一人、中島岳志さんの選評を紹介する。
「近年の日本社会は『カーニバル化』しており、問題が起こると瞬間的で断片的な熱狂は起きるものの、その追求が持続しません。そのため重要な問題があっという間に忘却され、当事者が放置されることになります。
―中略― 浅野さんの作品は、私たちが忘れていた『重装備病棟』の問題を明らかにし、当事者の声を丁寧に掘り起こした労作です。―中略― 問題を病棟の中に隠蔽する強制入院制度は私たちが生きる社会の反映でしょう。浅野さんは問題の上流から下流まで、さまざまなに当事者を取材し問題の核心に迫ります。法案採択時には強硬に反対した民主党も、今や専用病棟の増加を進めています。結局のところ、われわれの無関心が強制医療という権力の推進力となっているのでしょう。このように現実を再提起した本作品は多くの人々に読まれる価値があると思います。是非、1冊の本にまとめて頂きたいと思います」
浅野詠子さんは「法案が審議されていた当時から疑問を持ってしました。近畿初の専用病棟が奈良県大和郡山市にできたことで、フリーの記者として人権課題を発信してみようと思いました。国がつくった病棟ですが、一般の県民には内実がほとんど伝わっていません」

「調査―奈良市の塩漬け公有地について」
浅野詠子さんは、「塩漬け公有地」の問題にも取り組む。長年にわたり調査をしているが、いちど市民ツアーを実施して現場に出かけ、みんなで財政を監視しようという行事を企画した。2013年4月1日に朝日新聞の「私の視点」で活動の様子が紹介された。
その新聞記事は次の通り。
「私が住む奈良市は、公有地の拡大が裏目にでて財政が悪化した。外郭団体の土地開発公社を介して過去の市政が大量の土地を買ったが、大半は何も利用されず、将来にわたる借金の重さを示す財政指標が、全国の中核都市で最悪となった。
実際、長期保有地のなかには、誰が何のために買収したのか、事業目的が不透明なものが多い。こうした現実を市民の目で見ていこうと、『塩漬け公有地ツアー』と銘打った見学会を、市民団体『なら・未来』メンバーの加門進二郎さんらの協力をえて、この1月に実施した。
市民30人と、ゴミの山と化した放置林など市内の数ヶ所を見て歩いた。数字が並ぶだけの市役所の決算書を見るだけでは分らない財政悪化の原因を直視してもらうことができた。
総務省の調べでは、自治体の指示で土地開発公社が買収し5年以上の塩漬けになっている土地は2兆円超。市町村によっては数億から数十億もの塩漬け公有地を抱え、府県の公社なら数百億円に上るところもざらだ。塩漬けツアーを各地で実施する価値がある。
ツアー実施には情報の入手が肝心だ。まずは情報公開制度を利用してみよう。議会によっては議員が独自に調査していて、議事録からも情報を得られる。中核都市や政令指定市、都道府県は包括外部監査を受ける義務があり、その報告書から詳細なデータを得られることもある。
近年は、買収の相手方や金額も公開する流れだ。開発などの目的で買収した後、景気が悪化して遊休地になったもの、取得の経緯が不透明な疑惑の土地もある。ちなみに奈良市では、高額で買収され10数年も放置されていた駅前土地の所有者は、元市議会議長(故人)だった。具体的な場所は分ったら、法務局の登記簿などで土地の履歴たどれる。
全国にある塩漬け公有地を国も放置できず、09年の法改正で自治体が特例的な起債をして公社を解散できるようになった。いわば損切りだ。奈良市も173億円を20年かけて返済をする。公社が銀行から借りた利子が増え続け、財政悪化に拍車がかかるからだ。
今後は、自分の目で見てきたことを参考に、市民の側で自治体財政の健全化の道を探り、行政に提案するなど、ツアーの成果を形にしていきたいと考えている。皆さんの地元でもぜひ、市民が率先して現地へ出向いてほしい。自治体の財政に対する問題意識を持つきっかけになるはずだ」

浅野詠子さんは講演活動も積極的に行い、さまざまなテーマの公開討論会でコーデイネーターも務めてきた。
「人前で意見を言う機会も大事にしています。どんなジャンルでも、依頼があれば講演の仕事はお断りしないで引き受けています。たとえ10人の学習会でも喜んで駆けつけます」と。話すことも書くことも全力投球の浅野詠子さん。持って生まれたジャーナリストの素質を秘めているように思える。
講演のテーマは「奈良の平日を歩く」「これからの市民参加社会と知る権利」などを多岐にわたる。
講演依頼は電話090―7110―8289 または電子メールeiko-a@h6.dion.ne.jp

現在の関心事」
いわゆる公共事業の1つで、大和川水系の持続可能な治水対策。世界遺産・春日山原始林のバッファゾーンに付け替え県道の一部を建設した岩井川ダム(事業主・奈良県、治水ダム)には反対の論を展開してきた。代案として、ため池を生かした総合治水を提唱している。
岩井川ダムのホームページ 
岩井川ダム

「岩井川ダムと春日山原始林の関係は、掘り下げるとかなり問題点が出てきます。貯水量に対し、堤体積が大きいダムで、建設には無理があった。公費がもったない。高円山の山麓の万葉故地であり、ダム建設に頼らず、洪水対策を進めるためにはどうしたによいか。私は流域に点在する農業用のため池に注目しました。少雨の奈良盆地は昔からため池が多い土地です。海なし県の貴重な水辺がたくさんあります。大小合わせて数千の池が奈良県に点在しています。
池底を掘り下げて治水容量を高める方法はコストがかかりますが、地元の水利組合と協力で『水位調整方式』を採用するとよいと思います。
ただし、肝心の農業が衰退すると、ため池も売られてしまう。総合治水とは、よく言ったもので、地域の総合力が試されるのですね。水鳥が飛来する奈良のため池は独特な景観を形成しています。これからも池の多機能な価値を取材し、発信したいです」

「他の活動」
―分権サロン―
 地方自治の勉強会を運営している。会は2001年、朝日新聞の編集委員だった中村征之さんが立ち上げた。中村征之氏が04年に他界し、「自治・分権ジャーナリストの会関西の会」の後輩に当たる浅野さんが活動を引き継いだ。
これまで「自治基本条例と議会改革」「分権時代の河川整備」「現代の戦争と日本」など、多彩なテーマで専門の研究者らを招いて開いてきた。今、少しの間、中断しているがいずれ再会させたいとのこと。

「ツィートの呟きから」
浅野詠子さんはツィートでも呟いておられます。

市民派議員の成立は、組織や団体の後ろ盾がなく、知名度も金もさしてない有能な人が草の根の陣営から現れ、市井の感覚を失わずに市政を点検する姿勢が有権者に支持されたことも背景だ。ところが大会派の番頭格となって頭角をあらわし、弊風に染まってくると、市民派の看板は羊頭狗肉になってしまう。

2013年5月12日から
市民派議員の成立は、組織や団体の後ろ盾がなく、知名度も金もさしてない有能な人が草の根の陣営から現れ、市井の感覚を失わずに市政を点検する姿勢が有権者に支持されたことも背景だ。ところが大会派の番頭格となって頭角をあらわし、弊風に染まってくると、市民派の看板は羊頭狗肉になってしまう。


5月17日から
ろくに地方自治など重要視してこなかった人が突然のごとく道州制を掲げるのはどうしたことか。地方分権は、民主主義を確かなものにする可能性こそあれ、つよい王様を地方に誕生させる意味ではない。

5月20日から
(私案)財政を圧迫する過大な文化会館・奈良市100年会館の大ホールは、懸案の公文書館に改造し、音響の良い中ホールを残す。これにより、目と鼻の先にある県文化会館の大ホール稼働率も改善する。県都の二重行政はやめて。
浅野詠子さんは「140字に限定されているところに面白さがありますね」と話す。

浅野詠子ツイートアドレスはhttps://twitter.com/asano_eiko

「奈良に来たのは修学旅行が初めて」
中学2年生の時に奈良に修学旅行に来ている。
そのとき1番印象に残ったのは薬師寺の裏に広がる田んぼのあぜ道だった。大都市の京都と比べて、素朴でいいところだと思った。
 就職が決まり、久々に奈良に来て目にとまったのが国鉄の奈良駅舎だった。現在はJR奈良駅に変わったが、当時の駅舎は位置を少しずらして保存し活用されている。
浅野さんは初めて見た奈良駅舎について「屋根が和風、胴体は西洋造りになっている。和洋折衷の建物に不思議な感じがした。珍しいものを見るようでした」と話す。

「著書」
フリージャーナリストになって浅野詠子著書で出版したのは『奈良の平日』の他に『情報公開ですすめる自治体改革―取材ノートが明かす活用術』(2010年発行、自治体研究社)、『土地開発公社が自治体を侵食する』(2009年4月発行、自治体研究社)、他に2011年に発行された上田正昭さん(京都大学名誉教授監修)で猪飼野の歴史研究家ら足代健二郎さんら、在日コリアンも一緒に調査して研究した著書出版に浅野詠子さんもメンバーになってエッセイを寄稿しているのが『にっぽん猪飼野ものがたり』(批評社)です。
浅野詠子さんのホームページを参考にして下さい。

浅野詠子著書から

「所属と専門分野」
自治・分権ジャーナリスト関西の会に所属。専門分野は「情報公開」「地方自治」「地方財政」「景観論」「男女共同参画」。総務省主催の懸賞論文に入賞(「これからの地方税」、2000年)、群馬県主催の懸賞論文に入賞(「まちづくり税の提案」、2007年)、地域文化論の部分執筆『河内文化のおもちゃ箱』(2009年)

「筆者の感想」
筆者が雑誌記者をして3年を過ぎた頃に浅野詠子さんが奈良新聞に入社して来られた。噂では聞いていた。今年は新入社員で頭が切れて活動的な女性が入ってきたと。新人記者として吉野支局に赴任したと聞き、まさか僻地に女性は行かないと思っていた。
筆者は「月刊奈良」編集局を退職して在日韓国人の新聞社に転職した。日刊紙から民族機関の機関紙の記者になって民団大阪本部に詰めて勤務している時だった。ある日、自宅の固定電話に浅野詠子さんから電話が入った。
「アジアに関することで1度、お話をしたい」という。後輩記者といえるのか記者としてはずっと優秀な記者に何かお役に立てればと思って快く会う約束をした。お会いするとやはり女性記者が必ずいつかは悩むことを少し胸に持っておられた。男性記者が多い中で女性記者は誰もが体験していく持ち場での仕事のあり方だった。1993年頃だったと考えている。
記者生活6・7年になると女性でも優秀だと男性記者より飛びぬけた嗅覚と直感で特ダネを見つけてくる。文才があれば男性に劣らずいい記事を書いていく女性が出てくることはどの編集局にもあることだ。女性がこうなると男性たちから見ると目の上のたんこぶになってくる。そんなことを浅野詠子さんは筆者の前では一言も発しなかったが筆者の直感でそう思った。
人生の先輩として筆者が話したことは『日本社会はまだまだ男性を主体にして社会構築になっている。組織の決まり事は守って自分の好きな分野、得意分野をコツコツと努力して自分の物にしていきなさい。いつ退職してもいいように自分しかできないことを取材しながら身につけなさい』といったことがあった。
筆者の話はたかが知れたものだが浅野詠子さんは奈良新聞社では押しも押されぬ優秀な記者として育ち活動をしていた。
しかし時代の変遷がある。
奈良新聞社の社屋移転などで内部事情が変わって浅野詠子さんは退職した。記者というものは退職したその後、1年ぐらいは肩書きがあって自分があったということを痛いほど自覚していく。しかし浅野詠子さんは持ち前のバイタリテイとエネリギシュでコツコツと自分の方向性を探し見つけて歩き出している。ものの見方が一般人とは違うものがある浅野詠子さん。厳しい目はジャーナリストの目、しかし女の子と思うほど普通の女性の愛らしさも持ち合わせている。こんなところが多くの女性たちから親しまれている。今後はさらにまた何かを調査して分析して記録やドキュメナタリーを書いて世間にお知らせしてくれるだろう。
さしあったっては今、力を注いでいるのは奈良市の塩漬け公有地の問題を多くの市民に知らせていくことだ。体調に気をつけて頑張ってもらいたい。
ジャーナリストの浅野さんは長谷寺に咲く牡丹のように情報を多く持つ花びらの強さでコーヒーを飲んで話している浅野詠子さんは平城宮跡に咲く凛とした冬の花、山茶花で春になると休耕田に咲く蓮華のようなかわいい人です。
このたびの取材を快く対応して下さりとても感謝をしている。
家庭面を担当していた3年間の人脈も多く「雑記帳」の投稿者で作る「雑記帳の集い」の会員から浅野さんを「奈良おんな物語」にと推薦して下さった人がいた。これも可愛らしい普通の女性を持ち合わせているから声がでたのでしょう。
今回の原稿の校閲に浅野詠子さんは専門的にかかわる活動などを丁寧に加筆して下さったことにも心から感謝している。またコーヒーを飲みながら世間話ができる日を楽しみにして結びとします。

<写真説明>2009年、奈良市三条町にあった奈良新聞の旧社屋。取り壊される直前の撮影。現在の本社は法華寺町。





[ 2013/06/01 06:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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