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夜間中学その日その日 (293)   守口夜間中学 白井善吾

理科フィールドワーク
前日の雨に洗われて、木々の緑がすがすがしい。近畿夜間中学校連絡協議会理科部会のフィールドワークを万博公園で行った。多くの来園者でにぎわっていたが、連絡橋からみた高速道路はまだ渋滞はしていなかった。連休初日の4月27日のことだ。理科の学習を野外で行うのだ。


各校で野外学習を苦労しながら企画実施していたが、夜間中学同士のつながりを強め、共同で企画し実施するようになって間もなく25年になる。費用を安く抑えるため、入園料のかからない場所を選んだり、夜間中学生の体力を考えて企画にあたって毎回苦労している。
第1回は奈良県明日香村で実施したタンポポ調査であった。外来種のタンポポは国道沿いの路肩でしか見ることがなかった。90%以上が在来種のカンサイタンポポであった。4月のフィールドワークはタンポポ調査が恒例となった。生駒西麓、淀川堤防、私市、北千里公園などで実施してきた。今回も一人10株と決め公園内を移動しながらタンポポ調査を行った。在来種は全体でわずか3株のみ、99%は外来種であった。
千里丘陵を構成する大阪層群を削り、谷を埋め、造成した万博会場は万博の後、建物を取り壊し、里山を構成する苗木を植えた。当初、海成粘土層からしみ出る酸性物質により緑は再生しないであろうと思っていたが、43年を経る今、樹木は大きく育っていた。
守口夜間中学からは25人が参加した。
勤め先から直接夜間中学に登校、学習している夜間中学生の子どもT君は毎日一人で留守番をしている。母親も夜間中学の休み時間、T君に電話をかけている。その夜間中学生、「先生、子どもと一緒に参加してもいいですか?」と言ってきた。「いいですよ」と返事をしていた。T君は今年、小学4年生になった。去年10月夜間中学の運動会に参加した時より、一段とたくましさを増してきている。
200人を超える夜間中学生が集まったので、入園の後、夜間中学ごとで動くこととなった。人込みを避け、タンポポ調査をしながら移動していった。ところどころに樹木の名前をたずねる掲示板がある。観察のポイントとヒントが書いてある。とっさに、その説明板をT君に読んでもらうことを思いついた。T君はためらいもなく求めに応じ、よく通る声で読み始めた。夜間中学生もその説明を聞いた。そして木の名前を一緒に考えた。読み誤れば、夜間中学生が訂正する。順路にある説明板を見つけては読み上げていった。「先生もう一度お願いします」。夜間中学生はいつの間にかT君を「先生」と呼んでいる。読み終わると夜間中学生から、自然とT君に拍手が送られる。T君の母親は後ろのほうから子どもの読み上げる声を聴いている。Hさんは盛んに鉛筆を走らせ、名前を記録している。
「先生、チューリプ広場に行きたいんですけど」、一眼レフのカメラを首からかけたMさんが言ってきた。「弁当を食べた後そこへ行きましょう」と答えた。
「この花、家の近くの藪の中に生えていた花です。懐かしいです。名前が想い出せません」と質問があった。少し意地悪をして、すぐには答えず、「この花の前で、しゃがんでください」といった。花の前で座った夜間中学生しばらくして「あー,想い出しました。『シャガ』です。この色が何ともいえません」。
「先生、食事にしませんか」「あっ、何時ですか?」「12時前です。朝が早かったので」、夜間中学生からのアピールである。「ちょうどベンチもある。ここにしましょう」。さっそく弁当が広げられた。朝早くから作った自慢の料理が広げられ、配られてくる。食べきれない量だ。いつもあまりしゃべらない入学したばかりの夜間中学生も持ってきたおやつを配り、夜間中学生同士話している。ゆっくり話しかけられる日本語を懸命に聞き取り、返事をしている。理解できているのは顔を見ればわかる。生きた日本語学習が展開されている。
一人の夜間中学生の携帯電話が鳴った。「ご飯食べた?早く帰るからね」小さな声でそう言って電話を切った。家に一人残してきた子どもさんからの電話だ。
昼食の後、国立民俗学博物館へ移動していった。途中チューリップ広場に寄った。オレンジ色のチューリップを前に全員写真を撮ることになった。カメラアングルを決めMさんがシャッターを押した。
博物館に入った。土曜日は中学生は無料だ。音楽が好きな夜間中学生は、そこからなかなか動かない。農作業で使う道具が展示してあるところでは、「国は違っても、考えだされた道具は同じですね」「父はこの鋤を牛に引かせ田圃を鋤いていました。牛を使うのが上手でした」と話しかけてきた。
済州島出身のRさんは棺を運ぶ蓮台のところで、葬送の歌を歌い始めた。なかなかの節回しだ。「この人、チャンゴも上手ですよ」Pさんが耳元で教えてくれた。済州島は海からの風が強く、屋根が低いのが特徴です。屋敷内の野外に置いておく壺の蓋、「地方によって形が違うんです。縁が狭いのがソウル、こちらは慶州やプサンです」。かまどの説明もあった。「焼き上がったチジミをこの窓を開けて隣の部屋に置いてある器に投げます。そのための窓です」。「かまどの煙突は煙を床下をはわせたあと、部屋の外にあります」。靴を脱いでオンドル部屋に上がった。床に張る油紙の詳しい説明もあった。
約束した集合場所に行っても、集合時間いっぱいまで見学していたようだ。T君は長年欲しかった中国のおもちゃを買ってもらった。片手に握った2個のボールを器用に回しながら「今日はとてもいい日だった」と語っていた。
午後4時過ぎモノレール門真駅に着いた。子どもを一人家に残してきたSさんに早く帰ってといって帰っていただいた。足早に京阪電車の改札口に向かっていった。今日の簡単なまとめをおこなった。しかし私の挨拶だけでは参加者は納得しなかった。「ゴメンなさい。今日の先生はT君でした」。「ありがとうね」夜間中学生からT君に声がかかった。笑顔で会釈を返してきた。それぞれが思い出に残るこの日の理科フィールドワークとなった。
[ 2013/05/10 09:59 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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