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 「マチエール」  : ケイ・イシカワ記

ドイツのある都市で演奏会のチケットを買おうとしているとき、細部というか質感にこだわるとモノの本質を見誤るので駄目だと知人は主張した。

 この知人は宗教やオカルトに惹かれている方で生臭坊主とも自虐的に表現するときもある、
(この知人は平素 色即是空 空即是色などと難解なことを言う人である)。

或る音楽都市で木管楽器の協奏曲の演奏会を聴く前に言い争いになった。

 生演奏を聴くことは細部や音質などにこだわるからいけない。
 妙な主張だけれど面白い主張だとおもったが、結局コンサートを楽しんだ。

 弦の音はぬめっとした日本で聴くのとは断然ちがった。

ライブでは演奏ミスをききわけるという“悪“趣味もある。
 グレン・グールドというピアニスト、トルコ系の女流ピアニストの弟子で、演奏は先生の方は端正で優れている。勝手なジャズっぽい演奏をするグレン・グールドは確かにそれなりに魅力がある。
 勝手なジャズっぽい演奏をするグレン・グールドはライブ演奏が耐えられなかった。
ついに彼は録音・録画だけで演奏を公開するようになった。録音技術の向上に支えられてのことだ。
カルーソーは生演奏だけで多大な収入を得て、レコーディングの著作権を放棄した。

その録音の版権を得た会社は多いに儲けた。
録音技術が低劣だったころなのでカルーソーは間違って判断をした。

 録音時のマチエールはやはり問題であることは明らかである。
 
例えばNHKの中波放送のAMラジオで聴くとマチエールはやや低いというべきだろう。
しかしベートーベンの”運命”交響曲ならこれで楽しめて抵抗はさほどない。

生演奏と比べることはできないが音楽の本質・演奏の芯は伝わってくる。

しかしこれを短波放送できくとやはり問題は残る。
要は何処までマチエールにこだわるかということだろう。
[ 2013/04/24 07:48 ] K.Ishikawa | TB(-) | CM(-)


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