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コラム風「仏教徒、アウンサンスーチー」:井上脩身

 ミャンマーの最大野党「国民民主連盟(NLD)」議長、アウンサンスーチー氏(67)が来日した。スーチー氏は1985年から86年にかけて京都大東南アジア研究センターの研究員として京都に滞在、86年の元日には比叡山麓の霊山院を訪ね、ビルマ仏にひれ伏している。ミャンマーでは国民の過半数を占める仏教徒と少数派のイスラム教徒との間で住民衝突があると伝えられている。敬虔な仏教徒のスーチー氏。古都の感慨にふける間もなく、帰国後は宗教間対立などの難問が待ち構えている。


 来日前、スーチー氏は毎日新聞に寄稿し、京都の思い出をしたためた。「京都の近郊で除夜の鐘を突いたり、百人一首の遊び方を習ったり」したという。(4月13日付同紙『アウンサンスーチー ビルマからの手紙』)。正月の日本の風習に興味を持ったスーチー氏はオックスフォードで知り合った大学教授夫人の大津典子さんに誘われて、日枝神社に初もうでをした後、霊山院に立ち寄った。大津さんの著書『アウンサンスーチーへの手紙』(毎日新聞社)によると、スーチー氏は同院のビルマ仏の前で上半身を何度も起こしてビルマ語で祈ったという。
 2年後、スーチー氏は母親の看病のためミャンマーに戻った。そこで目にしたのは、民主化を求める学生や市民に対する軍事政権の弾圧だった。ビルマ独立の父、アウンサン将軍の娘であるスーチー氏への強い期待に応えて、NLDの結党に参加。民主化運動の指導者として全国遊説を始めたところ、軍事政権によって自宅軟禁された。自宅軟禁は3回に及び、2010年、軟禁が解かれた。
昨年公開された映画「アウンサンスーチー 引き裂かれた愛」では、自宅軟禁中、夫の臨終の場にも立ち会わないスーチー氏の葛藤とその不屈の闘志が描き出された。軟禁を解かれたスーチー氏を迎えるヤンゴン市民の歓喜の渦で映画は終わる。ノーベル平和賞を受賞したスーチー氏が、民政に移管したミャンマーを象徴するヒロインであることは、誰の目にも明らかだ。
昨年4月の補欠選挙で初めて国会議員に当選したスーチー氏。地元住民が反対しているミャンマー中部の銅山開発について、3月、調査委員会の委員長として開発継続を決定するなど、国民を失望させている面もうかがえる。
近年、ミャンマーに日本企業が相次いで進出している。スーチー氏の来日は進出ラッシュを加速させることにもなろう。経済発展は貧富の差を生みだす両刃の剣である。少数民族やイスラム教徒の不満が高まることにならないか。政治家、スーチー氏は、仏のご加護によってではなく自らの力で、新生ミャンマーを切り開かねばならない。(フリージャーナリスト)
[ 2013/04/27 01:40 ] 井上脩身 | TB(-) | CM(-)


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