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夜間中学その日その日 (284) 守口夜間中学 白井善吾

3・11東京電力福島原発事故から2年
まもなく東日本大震災から2年を迎える。夜間中学の理科の学習では、東日本大震災や東京電力福島第一原発の事故について様々な角度から学習を行ってきている。その内容は「夜間中学その日その日」で14回ほど報告を行っている。
守口夜間中学では地震発生の2011年3月11日から約一か月間の新聞を保存し、授業で活用している。3・11を前に、この新聞を活用して授業を行なった。


夜間中学生1人1人に、異なる日の新聞を配り、新聞に目を通してもらい、気が付いたことをまとめ報告発表をする展開だ。
配るや夜間中学生は新聞記事にくぎ付けとなり、教室は新聞のページをめくる音だけになった。机が狭くて、席を移動する人もあった。
しばらく時間をおいて、感想を述べあった。
2011年3月12日のテレビの番組表に目をとめた人もあった。空欄が多く、震災の報道番組が一日中流されていたからだ。
「そうやった。映し出される画面は、一瞬自分の目を疑う、びっくりするような場面ばかりでした」
「この写真には波に飲み込まれた人は写っていないが、この中には人が居るんですね」
「政府はこんな時も安全や、安全やと繰り返し言っていました」
「私はこの事故から、国や電力会社の発表は信用できない、疑って、考えるようにしています」「次から次に、嘘ばかり、びっくりすることの連続やったからね」
「民主党政権の時に地震があって原発事故があった。原発を進めてきたのは自民党政権だったのだから、安倍首相はその責任を認め、謝罪や反省しないといけない」
「選挙が終わると安倍さんは『民主党が決めた方針は見直していく』と言って、原発の新規建設は認めずに2030年代に原発稼動をゼロとする民主党の方針を変え、原発建設すると、どんどん変更していく。ずるい」
「活断層が後になって出てきた。何でそんなところに原発を作ったのか?」
「原発工事の前から断層あるのん、分かっとったずや」夜間中学生は自分の考えをこのように語った。

次に目に留まった記事の見出しを書き、記事を読んで考えたことを文章にした。いくつか紹介する。
放射能避け県外へ 家族で西へ「疎開」(2011年3月17日)
―埼玉県に住む娘の家族が私の家に放射能を避けて避難してきました。当時話し合ったのは、これからの生活を埼玉で暮らすか、大阪に引きあげてくるのか悩んでいました。娘婿は今は政府が本当のことを言っていないから、このまま大阪にいようという。孫たちは友達の事、高校進学のことなどから、埼玉を離れられないという。結局子どもに押されて、春休みが終わって帰っていった。

がんばれ日本 中国隊が被災地入り(2011年3月14日)
―当時の日本対中国の関係は改善の兆し出ていましたが、その兆しが長く続かず、いつの間にか元のギクシャクした時代に戻るということは、人間という生き物はお互いに譲りあわない、欲を持つ動物だなあと思いました。お互いに・・。

東電二転三転 訂正連発 内容も不十分 (2011年3月14日)
―東電は計画停電説明や対応が二転三転し、混乱が生じた。市民が資料を見ても自宅がいつ停電になるかわからず、説明が不十分なので戸惑う。計画停電の開始予定時刻も連絡がなく市民も困り果てている。東日本の住民の子ども達、今は地震と原発で大変恐ろしい毎日ですね、でもみんなで力を合わせ君たちを救ってあげたいと日本中の人々、世界の学者も少しでも早く放射能の処理を考えていること私も信じています。私の孫も二度応援に行き、悲惨な現場を見て、大学の進路も福祉の道へ変更し、頑張っています。

2号機 空だき状態になる (2011年3月15日)
―福島第1原発燃料棒が完全露出 ポンプ不足 炉内圧力が上昇して54万人が避難所に行くことになりました。前代未聞の制御不能となりました。核物質,風が味方 大半が海へ 東電は状況を読み損ね最悪の状態になりました。とにかく水を…注水を 現状つかめず後手に
 情報公開でもつかめず、原発依存国内トップ級 48% 揺らぐ安全 世界衝撃 日本に厳しい目 技術の信頼性低下 火力発電所火災 4県で計画停電 呼吸器患者が出ても東電は軽視、逃げている。学問では知っていても、いったん事故が起きると まるで素人集団のような気がする。

危機招いた楽観 政府 東電任せ(2011年3月  日)
―私は20年前に校区運営委員をしているときに、福井の原発に見学に行きましたが、その時の話で記憶に残っていることがあります。温い水を流すので魚が多く取れるという話でした。東北震災では地震、津波、原発と三つどもえの事故。これから復興するのに30年はかかると思います。

原発「安全神話」崩壊 幾重もの対策不発 (2011年3月13日)
―東電は想定外を繰り返し、自分らの責任を認めようとはせず、また政府「原子力安全委員会」「保安院」らも東電側の言いなりの情報提供しかやっていない。最近になってその情報も偽りのものが多数あったことが分かってきた。これについて誰が責任を負うのだろうか?

放射性物質放出(2011年3月 日)
―震災から2年が過ぎて放射能がこんなにも人類に対し悪影響だとは思いませんでした。電力会社も、これからも何が起こるかわからないし、絶対原発はやめてほしいです。

福島原発事故 国内最悪 レベル5 (2011年3月 日)
―事故から2年過ぎの今、被害が続く。原発の放射能、永遠の人類の存在の危険物だ。今からでも早く、全面的に原子力発電所を止めてほしい。二度も聞きたくない、見たくない原発です。

遺体だけでも見つけてやりたい さまよう家族 屋内退避指示 半径20~30㎞     (2011年3月16日)
―数日前のテレビのニュースでフクシマの人 ボランティアの人が砂浜で潮干狩りのようなかんじで遺体捜索をしているのを見て、今だに2900人くらいの行方不明の人がいるとのこと、2年が来ようとしている中で、本当に見ていて、身のつまされる思いを感じました。家族で話をしましたが、子どもは言葉が出なかった。私はフクシマの震災を見て地震国日本では安全神話はない。この年齢になって知った。これからの子ども達へ、遅いかもわからないが是非脱原発を。チェルノブイリ・スリーマイル島・フクシマを教訓にしてほしい。

願いは一つ  (2011年3月18日)
―青森空港から始まり太平洋側を軒並み千葉まで全域といっていいほど、漁港の被害、民家の流失、爆発、火災、あらゆるビル、民家冠水。不明者の方、沿岸部で多数の遺体、国道45号線通行止め、地図で見ると日本の四分の一ほどの地域がダメになっている。私はテレビや新聞で見てるだけなので、これほどとは思はなかった。

夜間中学生は自分たちの人生を重ね、このように文章にまとめた。
[ 2013/03/08 22:54 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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